ラスベガス銃乱射事件に見え隠れする、中高年死亡率との因果関係

安田 佐和子

ネバダ州ラスベガスで、惨劇は起こった。

10月1日の午後10時頃、2万2,000人が集うカントリー音楽祭の屋外会場をめがけマンダレイ・ベイ・ホテルの32階からスティーブン・パドック容疑者(64歳)が銃を乱射し、50人以上が死亡、負傷者は400人以上に及んだ(現地時間10月2日午前8時時点)。メディアが報じるまでもなく、”過去最悪の銃乱射事件(deadliest in modern US history)”と言えよう。事件当時、ホテルの部屋で10本のライフルを抱えていたとされる犯人は、警察の突入と同時に自殺したという。

容疑者は白人男性でテロとの関連はなく、今のところ動機は不明だ。容疑者の属性で思い出されるのは、2015年に話題になったレポートである。プリンストン大学のアン・ケース教授とアンガス・ディートン教授は白人の中高年層、特に45~54歳の白人死亡率が1999年から2013年に0.5%上昇し、ヒスパニック系や黒人の年平均2.6%の低下と逆行すると指摘した。白人層の死亡率上昇の原因はアルコールや精神病に関わる薬物の依存症で、最近では鎮痛剤の蔓延が深刻な問題と化しトランプ政権が米大統領令に署名し対策を講じるまでに至った。2015年には、米国人の死亡率が10年ぶり上昇に転じるなど社会に影響が及んでいるだけに、見過ごせるはずがない。

2016年の米大統領選では、”忘れられた人々”がトランプ米大統領を誕生させたとの説が根強い。当時の世論調査の結果(2016年9月、10月に実施)をみると確かに無関係と言い切れず、日本では考えられない闇がそこに広がっている。

公共宗教研究所(PRRI)とアトランティック誌が共同で行った世論調査によると、白人労働者階級のうち「自身が居住する地域社会で薬物乱用や依存症の問題を抱えている」との回答は実に54%に達していた。自身の状態について、薬物をめぐり「深刻ではない問題を抱えている」との回答は、32%。「全く問題がない」との回答はわずか13%で、大卒の白人層の42%を大きく下回る。

アルコールをめぐっては、白人労働者階級のうち34%が「重要な問題」と回答、白人の大卒者の22%を上回っていた。白人労働者階級の悩みの種が「飢餓」や「貧困」で33%を占めるとなれば、現実逃避を余儀なくされるのだろうか。同調査が実施されてから1年も経たない間に、米成長率は4〜6月期に前期比年率で3%超えを達成したわけだが、とてもそのようには感じられない。

家庭で問題を抱えている者がいるかとの質問では、「鬱」が最も多く白人労働者階級で38%、米国全体でも32%。


(出所:PPI, The AtlanticよりMy Big Apple NY)

経済的余裕のなさが鬱を招いているようだ。「現在の家計状況で緊急費用として400ドルを捻出するのが困難か」との質問に白人大卒者の77%が「ほぼ問題なし」と回答した一方で、白人労働階級は43%で黒人層と変わらない


(出所:PPI, The AtlanticよりMy Big Apple NY)

働き盛りの男性で低迷する労働参加率、米国世帯所得の伸びの牽引役が女性といった状況(後日紹介)をみると、労働階級の白人男性は景気回復の恩恵を受けていないように見える。一つの例が労働市場の構造変化で、財部門が2000年の18%台から14%割れまでシェアを低下させた一方で、サービス産業は約7割と過去最高水準を示す。ラスベガスでの銃乱射事件と白人労働者階級の苦境が必ずしもリンクしているとは言えないものの、米国に影を投げかけていることは間違いない。

(カバー写真:wbeem/Flickr)


編集部より:この記事は安田佐和子氏のブログ「MY BIG APPLE – NEW YORK -」2017年10月2日の記事より転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はMY BIG APPLE – NEW YORK –をご覧ください。