総選挙は希望の党のひとり負けで、安倍政権の信任投票のようなものだった。これ自体は国際情勢が不安定な中で結構なことだが、首相が勝利の弁で「プライマリーバランス(PB)を無理やり黒字化して、アルゼンチンは次の年にデフォルトになった」といったのはおかしい。
安倍首相の話は、その前の2001年のデフォルトを指していると思われる。「緊縮財政でGDPが下がってデフォルトになった」という「アメリカ大陸の国」の話は国会答弁でも出ており、藤井聡『プライマリー・バランス亡国論』の孫引きだと思われるが、この元が間違っている。
藤井氏の本には奇妙なことに問題のアルゼンチンのPBが書いてないのだが、これを世界銀行の統計でみると、ここでも1990年代後半のPBは赤字で、黒字になったのはデフォルトした2001年からだ(これは借金の一部を帳消しにしたので当たり前)。
したがって安倍首相の話は事実誤認だが、本質的な問題は緊縮財政がデフォルトの原因だったのかということだ。90年代後半に財政赤字は増えていたので、アルゼンチンは緊縮財政ではなかった。詳細は世銀のDPを読んでいただきたいが、彼らの指摘する最大の要因は、アルゼンチンの通貨ペソをドルと連動させた固定為替制度である。
1997年のアジア通貨危機と翌年のロシア金融危機で世界的に金融不安が高まる中で、アルゼンチンは運悪く「ブレイディ債」(80年代の通貨危機を救済するために各国がドル建てで過剰債務国を救済した債券)の借り換え期限が来た。
投機筋はアルゼンチンがドル・ペッグを外すことは必至とみてペソを売り浴びせ、アルゼンチン国債のドル建て価格は70%以上も暴落した(実質金利は暴騰した)。このため借り換えが不可能になり、デフォルト以外の選択肢はなくなったのだ。図のように、アルゼンチンの債務危機はほぼ100%この金利上昇で説明できる。
ここから導かれる教訓は、安倍首相の逆である。アルゼンチンは緊縮財政でデフォルトに陥ったのではなく、国際通貨危機という外的ショックの管理に失敗したために借金が返せなくなり、国債の暴落で財政も経済も破綻したのだ。それが安倍内閣の間にやってくる確率は低くない。
アルゼンチンの場合は外債の大量借り換えと国際金融危機が重なり、ドル・ペッグという特殊要因もあったので、日本政府が同じような名目債務のデフォルトを起こす心配はない。しかし日本の政府債務のGDP比はアルゼンチンのピーク時(150%)をはるかに上回るので、実質債務のデフォルト(財政インフレ)はありうる。