いよいよ米朝の軍事衝突が現実味を増してきた。当欄で指摘してきたとおり、たとえば2010年の延坪島砲撃のような突発的事態から武力紛争が拡大していくリスクはいまも高い(詳しくは拙著『安全保障は感情で動く』文春新書)。
加えて(残念ながら、そうなってしまう可能性が高いが)北朝鮮の核ミサイル開発を、制裁や交渉で止められない以上、米軍が航空攻撃を実施する可能性が増していく。
ならば、攻撃はいつか。時期的には今度の冬が危ない。極寒期は最低気温が零下20度に達し、すべてが凍りつく。そうした厳しい気象条件は、北朝鮮軍の行動を大きく制約する一方、米軍の航空攻撃に与える影響は少ない。米軍が大規模な地上部隊を半島に投入するなら話は別だが、その可能性は極端に低い。もはや米軍は朝鮮半島に限らず、中東でもどこであれ、大規模な地上作戦を展開する体力に乏しい。
このため、米軍の作戦行動は航空攻撃が主体となろう。そうした米軍の作戦行動にとり絶好のタイミングがこれから訪れる。なんらかの理由で米軍が軍事行動を控える場合も、今後さらに、各国による経済制裁の効果が出始める。来年2月9日から開催される平昌オリンピックの日程を睨みながら、今後いっそう半島情勢は緊迫していく。先日の総選挙を受け、改めて組閣される安倍晋三政権は第二次朝鮮戦争に対処する〝戦時内閣〟となるかもしれない。
おそらく総理はそうした腹を固めているのであろう。もし上記のとおり展開すれば、来年の通常国会で衆議院を解散できるチャンスを失ってしまう。だから「大義なき解散」との批判を甘受し、今回の「冒頭解散」に打って出た。そういう事情であろう。
実際、安倍総理は訪米前から「北朝鮮危機前に総選挙は今しかない」と語っていた。総理(と私)の盟友(荒井広幸「新党改革」元代表)が産経新聞のインタビューで、そう明かしている(下記サイト)。最近、他にも同様の情報を耳にした。日本政府の情報分析でも、北朝鮮危機は確実に迫っている。
荒井広幸・元新党改革代表「安倍晋三首相は『国民の結束を問いたい』と言ったんです」「北朝鮮危機前に総選挙は今しかない」(産経ニュース)
そのとき安倍内閣は「国難突破」できるのか。なるほど安倍総理や小野寺五典防衛大臣には、そうした能力や資質があるといえよう。ただ残念ながら、今回の総選挙では、具体的な対北朝鮮政策はほとんど語られなかった。
たとえば、旗国(北朝鮮)船長の同意がなければ立ち入り検査もできない船舶検査法の問題を指摘し、法改正を訴えた候補者がいただろうか(先月の当欄参照)。解散まで自民党が検討していた「敵基地反撃能力の保有」を主要な政策に掲げたのは、当の自民党ではなく、少数野党(「日本のこころ」)だった。その野党も今回、議席を失った。
さらに言えば、安倍総理は解散表明会見で「憲法改正」に一言も触れなかった。くわえて選挙中も、ほとんど語らなかった(詳しくは月刊「Voice」12月号拙稿)。今後「自衛隊の明記」をめぐり、与野党間で政治的な駆け引きが行われるのだろうが、元自衛官としては釈然としない。できれば、きちんと争点化したうえで、正々堂々「自衛隊」を憲法に明記してほしかった。
冒頭解散により、安全保障上の致命的な「政治空白」が生まれた経緯も無視できない。平和安全法制(いわゆる安保法制)は自由民主党と公明党の連立与党に加え、日本を元気にする会、次世代の党及び新党改革の野党3党を含む5党が合意し成立した(詳しくは月刊「正論」12月号拙稿)。
この5党合意は単なる口約束ではない。附帯決議として議決され、本会議で可決成立した。加えて「政府は、本法律の施行に当たっては(中略)合意の趣旨を尊重し、適切に対処する」と閣議決定された。いわゆる集団的自衛権の限定行使を巡り、こう合意された。
「存立危機事態に該当するが、武力攻撃事態等に該当しない例外的な場合における防衛出動の国会承認については、例外なく事前承認を求めること」
たとえば北朝鮮弾道ミサイルのグアム攻撃がこれに当たる。これまで「例外的な場合」と考えられてきたが、現実あり得る想定と言えよう。その際、政府は「例外なく(国会の)事前承認を求める」との「合意の趣旨を尊重し、適切に対処」しなければならない。そう安倍政権が自ら閣議決定してしまった。
それが「適切に対処」できない状況が生まれていた。衆議院は解散され、参議院を含め、永田町は〝もぬけの殻〟となった。憲法上は参議院の「緊急集会」が招集される建前だが、現実には弾道ミサイル攻撃などの「緊急」事態には対応できなかった。
加えて、平和安全法制は閣議(と国家安全保障会議)の議決を必要としている。今回の選挙中、防衛大臣は在京だったが、総理や閣僚は全国に散らばった。いざとなれば「電話閣議」で対処するつもりだったのだろうが、携帯電話の圏外を移動中など、それすらできない状況が生まれていた。
たとえば選挙カーの上で総理らが応援演説中に、もし弾道ミサイルが撃たれていたら、どうなっていたであろうか。携帯スマホで「緊急速報メール」を受信した聴衆がざわつき始めても、車上の総理らは(秘書官から報告を聞くまで)何が起こったのか分からない・・・そうした反安倍メディアにとり格好の場面が生起していたかもしれない。いくら安倍総理が「自衛隊最高指揮官」と名乗ろうと、常に「核のフットボール」を手放さない海軍士官が随行するアメリカ軍の最高指揮官(合衆国大統領)とは似ても似つかない。
総選挙を通じ、安倍総理は「国難」として北朝鮮情勢を語ったが、もし選挙中に半島有事が起きていれば、上記の政治空白が致命傷を生んだかもしれない。
ただ、実際問題「ならば、いつ解散すればよかったのか」とも言えよう。以上の問題は、緊急事態を本気で想定してこなかった戦後日本の病理(いわゆる平和ボケ)に起因する。これを機会に憲法と関連法制の抜本改正を図るべきではないだろうか。
最低でも、平和安全法制の抜本改正や、いわゆる敵基地攻撃能力の保有は検討してほしい。「国難突破」と大言壮語するのは、それからでも遅くない。