日本人は脳科学が好きなようである。そして、脳科学ブームは数年おきに到来する。過去には『脳内革命』『バカの壁』『脳を鍛える大人の計算ドリル』などのベストセラーも多い。今回は、『膨大な仕事を一瞬でさばく 瞬間集中脳』(すばる舎)を紹介したい。著者は脳科学者としてメディア出演も豊富な、茂木健一郎氏。
次のようなケースがある。テレビで悲しいドラマをやっていて、見ているうちに涙があふれてきた。これは、脳科学的に解説すると、脳が「悲しい」と錯覚をして、その心的状態に見合った脳内ホルモンを分泌する。このような脳の働きにより、実際に悲しい出来事に見舞われたように悲しい気分が醸成されていく。
この原理からすれば喜怒哀楽といった感情に「脳は簡単にだまされてしまう」ことになる。そして、脳の構造を理解することで、私たちは日々の生活に役立てることができる。今回は興味深いエピソードを紹介したい。
「静かな場所でないと集中できない」はウソ
――茂木氏が、小中学生向けの講演でアドバイスすることがあるそうだ。「どこで勉強するの?居間でしょ!」。これは決して、単なるダジャレではないようだ。
「静かな子ども部屋よりも、家族のおしゃべりやテレビの音が聞こえる自宅のリビングで勉強したほうがいいですよ、ということです。『静かな場所でしか集中できない』というのは、本当の意味で集中力が高いとは言えません 集中力が高い人は、ノイズに強い人でもあるのです。このことを、中学生と一緒に実験したことがあります。」(茂木氏)
「ある学生に『1分間でこれを記憶して』と課題を与え、その間、私とほかの学生たちはすぐそばで雑談します。本人が一生懸命覚えようとしているときに、『最近、部活どう?』『どんなアニメにハマってるの?』などと、何の関係もないおしゃべりをするわけです。これを試したところ、結果は真っ二つに分かれました。」(同)
――それは、意外な結果だった。雑談が気になる学生と、気にならない学生に区分されたのである。ここに紹介したい。
「集中して課題を記憶できた学生は、まったく雑談の内容が聞こえていませんでした。周囲がいくら騒がしくても、それが耳に入らないくらい集中していたのです。一方、集中できず課題を覚えられなかった学生は、私たちが話した内容が全部聞こえていました。『ノイズに強い人は、集中も得意』という関係が成り立ちます。」(茂木氏)
「もともと脳には、『ノイズ』と『シグナル』を区別する機能があります。飲み会など人が大勢集まるガヤガヤした場所にいても、自分が話している相手の声ははっきり聞こえるものです。これを『カクテルパーティー効果』と言います。たくさんの音(ノイズ)に囲まれていても必要な情報(シグナル)だけを認識できるのです。」(同)
――次のように考えたらわかりやすいだろう。イチロー選手が打席に立つ様子を思い浮かべて欲しい。野球場には多くのノイズが渦巻いているが、イチロー選手が観客のヤジに狼狽することは考えにくい。おそらくイチロー選手の耳には入っていない。投手との対戦に瞬間集中できるのは、とてつもなくノイズに強いからにほかならない。
脳はノイズが大好物である
――茂木氏は、せっかくなら脳が喜ぶノイズを与えるべきだと主張する。脳は予測不可能なことが大好きだ。この性質を活かしたノイズを与えるべきなのである。
「音楽を聴きながら仕事や勉強をするのは良いトレーニングになりますが、ヘッドフォンをして好きな音楽を聴くのはおすすめしません。自分で選曲した音楽は、予測可能なものでノイズにならないからです。音楽を聴くなら、ラジオがおすすめです。さまざまなジャンルの音楽がランダムにかかるので、良質なノイズになります。」(茂木氏)
「職場環境もトレーニングに有効活用しましょう。『隣の席の同僚がおしゃべりばかりする』『上司がちょくちょく話しかけてくる』。そんな環境を『集中しにくい』とネガティブにとらえるのではなく、『脳を鍛えるのにうってつけの職場だ!』とポジティブにとらえられれば、集中に入りやすくなるものです。」(同)
――脳の仕組みを理解すれば、仕事を効率的に進められる可能性が高まる。脳の特性を活かし、生産性を上げる方法を知りたい方には一読をおすすめしたい。
参考書籍
『膨大な仕事を一瞬でさばく 瞬間集中脳』(すばる舎)
尾藤克之
コラムニスト
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