【映画評】ノクターナル・アニマルズ

渡 まち子

LAの現代アート界で成功したアートギャラリーのオーナー、スーザンは、経済的には恵まれていても心が満たされない日々を送っている。そんな彼女の元に、20年前に離婚した夫エドワードから、彼が書いた小説「夜の獣たち(ノクターナル・アニマルズ)」が送られてくる。暴力的で衝撃的な内容のその小説はスーザンに捧げられていた。小説を読み進めながら過去を回想するスーザンは、かつて才能がなく精神的に弱いと軽蔑していたエドワードの、非凡な才能を見出し、やがて彼との再会を望むようになるが…。

監督デビュー作「シングルマン」が高い評価を得たファッション・デザイナーのトム・フォードの長編第2作となるミステリアスなドラマ「ノクターナル・アニマルズ」。原作はオースティン・ライトの小説で、現代と過去、現実と小説を交錯させながら描く物語は、常に不穏な空気に包まれている。別れた夫エドワードが送ってきた小説を読むスーザンは、エドワードを残酷な仕打ちの果てに捨てた自分の罪を思い出すことに。スーザンの心の葛藤と彼女を待つ運命を、緻密な心理描写とスタイリッシュな映像で綴り、現代のLA、過去のNY、小説のテキサスが、ひとつに溶け合っていく構造は、重層的で巧みなものだ。虚実が曖昧で濃厚な世界は、どこかデヴィッド・リンチのテイストと共通している。

ミステリアスで巧妙な語り口で描かれるサスペンスだが、物語そのものはメロドロマ。だがトム・フォードというとびきりの美意識のフィルターを通すことで、繊細で大胆な芸術作品のような映像が抽出されてくる。冒頭の、超肥満女性のパフォーマンスから、スーザンが身に着ける衣装や随所に登場する現代アート作品、果ては残酷な死までもが、美しく刺激的だ。スーザンが購入したことさえ忘れていた作品には、大きく太い文字で「REVENGE」とある。これは、愛をないがしろにした者への復讐の物語なのだ。エイミー・アダムス、ジェイク・ギレンホール、マイケル・シャノンら、実力派俳優たちの深みのある演技も見応えがある。トム・フォードの一部のスキもない演出の“着こなし”に、この異業種監督の映画の才能が本物であると確信した。
【75点】
(原題「NOCTURNAL ANIMALS」)
(アメリカ/トム・フォード監督/エイミー・アダムス、ジェイク・ギレンホール、マイケル・シャノン、他)
(スタイリッシュ度:★★★★★)


この記事は、映画ライター渡まち子氏のブログ「映画通信シネマッシモ☆映画ライター渡まち子の映画評」2017年11月5日の記事を転載させていただきました(アイキャッチ画像は公式Facebookページから)。オリジナル原稿をお読みになりたい方はこちらをご覧ください。