トランプ大統領はなぜ犬が嫌いか

長谷川 良

当方は「“ファースト・ドッグ”の不始末」(10月26日参考)のコラムの中で、欧米の大統領が大統領府に愛犬を飼うケースが増えてきたことを報告した。39歳でエリゼ宮殿の主人になったマクロン大統領にはネモという雄犬がいる。捨て犬だったネモを引き取った話は愛犬家の世界では美談として人気を呼んでいる。

▲当方宅で一時預かった雌犬リロ(2008年8月、撮影)

ところで、大統領と愛犬の関係を考えていた時、大きな事実を見落としていたことに気がついたのだ。第45代目の米大統領となり、ホワイトハウスの住人となったトランプ氏の周囲に犬がいないのだ。

前任者のバラク・オバマ氏にはボーとサニーというポルトガルのウォーター・ドッグがいた。その前のブッシュ氏にも犬がいたが、実業家出身のトランプ氏の周辺には犬の臭いがしないのだ。犬だけではない。動物たちのプレゼンスがない。動物愛護協会との関係が良くないからでも、家族の反対があるからでもないらしい。本人が犬を好まないのだ。

オーストリア代表紙プレッセは昨年6月21日、「病原菌への吐き気、外国人への嫌悪」という興味深い見出しのワシントン発記事を掲載した。「トランプ氏は握手を嫌う。なぜならば、バクテリア、ウイルスの感染への異常な恐怖心があるからだ」というのだ。
トランプ氏が握手を恐れるのは、握手する人がどこで、何を触ってきたか分からないうえ、その人が感染している黴菌が移る危険性を排除できないからだ。このような症状を精神医学用語ではMysophobia(不潔恐怖症、潔癖症)と呼ぶ。極端な場合、強迫症障害が生じる。バクテリア恐怖でパニックに陥るケースも出てくる。

プレッセによれば、「トランプ氏の潔癖症は強迫症障害が出てくるほどではない」というが、トランプ氏は著書の中で「自分はかなりの潔癖症だ」と認めている。ちなみに、米テレビ番組で人気者となった名探偵エイドリアン・モンクを想起していただいたら、潔癖症が如何なるものか推測できるのではないだろうか。

テーマに戻る。 トランプ大統領がホワイトハウスに愛犬を飼っていない理由は、犬は毛を落とすし、周囲を汚すからだ。マクロン大統領の愛犬ネモではないが、犬は時には不始末をする。トランプ氏は犬だけではない。動物の毛がズボンに付いたりするのが嫌なのだ。

一般的に考えれば、大統領が愛犬を飼うのはマイナスよりプラスが多い。欧米の大統領が当選すると競って犬を飼うのはそれなりの理由があるからだ。大統領の男前が少し落ちていたとしても、傍の犬がそれを補うのに十分な魅力を発揮してくれれば助かる。ネットの世界では、犬や猫の写真は政治家のそれより人気があるものだ。

例えば、プーチン氏の場合、犬こそ数少ない忠実な友だ。陰謀にくすぶるクレムリンに住んでいると、タフなプーチン大統領もさすがに疲れるのだろう。愛犬は疲れたプーチン氏の心を癒してくれる数少ない存在なのだ。犬は絶対クーデターを画策しない。プーチン氏にとって、忠実な愛犬のいない世界は考えられないだろう。

トランプ氏はプーチン氏とは全く別の世界に生きている。ホワイトハウスに就任した直後の最初の仕事は、書斎のカーテンを変え、金色のカーテンとしたことだ。トランプ氏を揶揄した米テレビ番組によると、大統領は夕食後、ベッドでスナックなど軽食を食べながらテレビを観、140文字の世界(ツイッター)に喜びを見出している。同氏の生活空間には犬が入り込める隙間がない。トランプ氏は愛犬がスポットライトを浴びるより、自身がカメラフラッシュを受ける方が好きな生来のナルシストなのかもしれない。


編集部より:このブログは「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2017年11月9日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。