1989年に出版された『ヤマニ 石油外交秘録』(J.ロビンソン、ダイヤモンド社)には「スデイリ兄弟の陰謀」という章がある。
「スデイリ兄弟」あるいは「スデイリセブン」とは、建国の父イブン・サウド王がもっとも寵愛した母ハッサから生まれた7人兄弟で、1986年にヤマニを石油相から解任したファハド5代国王が長兄、現国王のサルマンは6番目にあたる。ファハドとサルマンの間の兄弟、スルタンとナーイフは皇太子に任命されたが、国王になる前に逝去した。
この章には、「プレイボーイにして賭博狂」のファハド国王、「自分個人の銀行勘定と国家の国防予算との間の区別がつかない」スルタン国防相、などの記述に加え、サルマン・リヤド州知事については「莫大な富に加え、みんなから寛容だと讃えられる」が「きわめて執念深い人間でもあるといわれる」と書かれている。
ピュリッツァー賞を何度も受賞している国際的ジャーナリスト・トーマス・フリードマンが「ニューヨーク・タイムス」に “Saudi Arabia’s Arab Spring, at last” (Nov 23, 2017)というコラムを投稿している。反腐敗最高委員会が11人の王子を含む200人以上をリッツ・カールトンホテルに拘束して取り調べを始めた後にリヤド入りして、4時間ほどの夕食を共にしながらMBSにインタビューした結果を踏まえてのオピニオン記事だ。ちなみにMBSは英語で話した、とある。
ボトムアップで始まった「アラブの春」は、チュニジアを除き惨めな失敗に終わった。だが、サウジではトップダウンで大改革を行おうとしている。この「サウジ版アラブの春」が成功する、と予測するのは愚か者だけだが、成功を応援しないのも愚か者だけだ、と書き出しているきわめて長い文章だ。
筆者の能力では全体を正しく要約することは不可能なので、興味と関心の高い分野についてのみ、要点を次のとおり紹介しておこう。
・11月初めに起こった腐敗疑惑者の拘束について:
・MBS曰く、今回の拘束が「ライバル排除、権力集中のため」という指摘は馬鹿げている。専門家によれば1980年代以降、毎年サウジの国家支出の10%ほどが不正に抜き取られていた。政府はこれまで何度か「腐敗との戦争」を企てたが、ボトムアップだったため失敗した。父は50年間リヤド州知事だったが、一度も腐敗に手を染めたことはない。このままではG20にとどまることはできない、として父は、即位するや腐敗を止めさせるため関連情報の収集を命じ、2年間の調査結果、ほぼ全容が解明でき、200人ほどの名前が上がった。情報が整ったところで検事総長Saad al-Mojibが行動を起こしたのだ。
・拘束されたうちの95%が、保有している現金・資産を国家に返却するという取引に応じた。約1%は潔白であることが証明され、釈放された。約4%は法定で争う、と言っている。
・「いくら回収できるのか?」と聞くと、検事総長の話では約1,000億ドルになる、という。
・腐敗は許さない、誰も逃げることはできない、というシグナルを送る必要があったのだ。
・賄賂を送った側のサウジ人ビジネスマンは拘束されることはない、とMBSはいう。「請求書に上乗せさせ、キックバックを受け取った人間だけを捕まえる」と。また、失業者を出さないために、倒産が起こらないようにする。
・寛容で開放的なイスラム社会への復帰について:
・MBSがいう「1979年」というのは、筆者にとって、初めてベイルートで中東担当ジャーナリストとして仕事を始めた年ゆえ、よく覚えている。三つの大事件があった年だ。メッカのグランドモスクが過激派に占拠され、イランでイスラム革命が起こり、ソ連がアフガニスタンに侵攻した年だ。それらがあったのでサウジも厳格になりすぎたのだ、と。
・MBSは先の国際投資会議で、1979年前の寛容で開放的なイスラム社会への復帰を目指すと発表した。女性の自動車運転を許容し、男性用、女性用別ではあるが音楽コンサートの開催を認め、女性もサッカー場で観戦できるようにすべく、すでに動き出している。
・MBSは、これはイスラムの「再解釈(reinterpreting)」ではなく「復興(restoring)」だと強調する。ムハンマド預言者の時代には、音楽劇場があり、男女は共存しており、キリスト教やユダヤ教にも寛容であった、と。同席していた別の大臣が1950年代のYoutubeで、当時は女性が髪の毛を隠しておらずスカートを履いており、公共の場で男性と一緒にいる映像をみせてくれた。9月にはカントリーシンガーであるToby Keith男性専用コンサートがあり、12月6日はレバノンの女性ソプラノ歌手Hiba Tawajiの女性専用コンサートが予定されている。サウジの聖職者たちは黙従している。
・教育分野でも、女子生徒の体育授業復活など改革の動きが見られる。
・ハリリ・レバノン首相の辞任について、MBSは多くを語らなかったが、スンニ派モスレムであるハリリは、テヘランに支配されているレバノン・シーア派のヒズボラの政治的行動をカバーアップすべきではない、とのみ語った。
・トランプ大統領は「然るべき時期に登場した然るべき人物」だと評価した。
・イランのハメネイ最高指導者については「中東の新しいヒットラーだ」と酷評した。
・懸念されている「改革を急ぎすぎでは」という批判に対しては「今やりたいと思っていることを実現できずに死ぬ日を迎えるのでは、と心配している。人生は短い。いろいろなことが起こる。自分の目で、しっかりと見つめたいので急いでいるのだ」と、語った。
編集部より:この記事は「岩瀬昇のエネルギーブログ」2017年11月24日のブログより転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はこちらをご覧ください。