米国大学スポーツの不都合な真実

鈴木 友也

BROKE(なぜスポーツ選手は一文無しになるのか?)」などでも触れましたが、ESPNの良質ドキュメンタリー「30 for 30」はテレビでまとめ撮りしておいて時間がある時に見ています。最近見てとても面白かったのが「One and not done」。

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これは、現ケンタッキー大学バスケ部ヘッドコーチJohn Calipariのライフストーリー。CalipariはNCAAバスケ界で最高報酬をもらうHCの一人で、その年俸は800万ドル(約8億8000万円)。ケンタッキーといえば大学バスケの名門で、全米ランキング1位になることも珍しくありません。そんな名門バスケ部のHCであるCalipariは「プロになる可能性があるなら、大学なんて卒業する必要はない」と公言する米大学スポーツ界の異端児です。

少なくとも「教育がスポーツに優先する」という建前のあるNCAAでは、彼の発言はPolitically Correctではありません。しかし、実質的に米国ではバスケとフットボールで大学がプロのマイナーリーグ(人材育成機関)となっており、特に「Power 5」と言われる上位カンファレンスの実態はプロスポーツそのものです。HCはプロ同様に勝敗だけで評価され、勝てばインセンティブでボーナスも増えます。口には出さなくとも、本音ではCalipariと同じように考えている勝利至上主義のHCは少なくないでしょう。

番組の中でも特に衝撃的だったのは、部員に2ドルの宝くじを実際に手に取らせ、「いいか、普通の人間は2ドルの宝くじで当たることのない夢を買う。でも、お前たちは宝くじを買う必要はない。なぜなら、お前たち自身が宝くじそのものだからだ。それも、今手にしているくじよりもよっぽど確率の高い。この大会で活躍すれば、お前たちはプロになれる。そうすれば、普通の人が稼げない大金を手にできるんだ」と発破をかけるシーンです。

トップアスリートの中には、スラムやプロジェクト(低所得者用の住宅街)出身の選手も珍しくありません。彼らが貧困の連鎖から抜け出せるのは、スポーツしかないのです。ある選手が大学1年で活躍後、2年目も大学に残りたいとCalipariに相談しに来た時、「本気で勉強したいなら、大学なんて後からでも卒業できる。でも、プロになれるのは今しかない。馬鹿なこと言わずにプロに行け」と選手を追い返してしまったのです(結局彼は大学を中退してNBA選手になった)。

Calipariが周りに敵を作ることを恐れずにこう喝破できるのは、彼自身の生い立ちにあるのかもしれません。彼はイタリア移民の3世で、移民1世の祖父は炭鉱で働き(肺病で若くして亡くなる)、2世の父親は炭鉱や飛行機の燃料入れなどの職を転々として貧乏暮らしだったそうです。彼自身が貧困から抜け出すために選んだ手段がスポーツだったのです。彼の場合、それは選手としてではなくコーチとしてでしたが。

個性が強いCalipariの評価は分かれます。Calipariが嫌いな人は調和を乱すトラブルメーカーと評します。しかし、教え子たちからは絶対の信頼を得ている毀誉褒貶の激しい人物。彼は教え子に対しては一切手を抜かず、高校までスター選手であっても本音で罵倒し、挑戦し、能力以上の存在に引き上げていくのです。そして、数々のNBAプレーヤーを世に輩出しています。

NBAは2005年からドラフトに年齢制限を導入し、19歳(高校を卒業して1年経過)にならないとドラフト指名できないルールを導入しました。当初、ルール上有資格になるのは19歳とはいえ、大学に進学した選手は卒業までプレーするのが常識とされていました。しかし、この常識を覆したのがCalipariでした。選手に大学で1年プレーさせたあと、躊躇なくプロ入りさせて行ったのです。これを俗に「One and done」(1年で終わり)と言います。

彼は2009年からケンタッキーのHCとして指揮を取っていますが、名門大ですから全米中から選りすぐりの人材が集まります。彼らをプロに通用するレベルまで引き上げ、バンバンNBAに送り込んでいるのです(実際、昨年までの8年間でケンタッキーから48名のNBA選手を送り出している)。そんな彼の指導法は、“教育を隠れ蓑にしたビジネス”として度々批判されるNCAAの欺瞞を象徴する行為として糾弾されますが、彼はそれを一ミリも気にする素振りを見せません。

彼が気にするのは、選手の将来だけです。バスケットボール選手としての能力を最大に引き上げることこそが、彼らの人生に最も大きな変化をもたらすことだと確信しているのです。彼は育て上げた選手を惜しげもなく在学中にNBAに送り込んでいきますが、そんな彼の指導を求めて全米から選手が殺到しているので、批判にさらされながらも、このモデルは回り続けています。ケンタッキー大バスケ部は今や完全にNBAのマイナー球団になっています。

番組内では、Calipariの教え子たちの多くがインタビューに答えていますが、彼らは「本気で取り組むことでどんな困難でも打開できることをCoach Caliから学んだ」と異口同音に答えているのが印象的でした。心からそう思っているようでした。そして、プロ志望の学生に形だけ単位を整えて大卒資格を手渡すより、こうした揺るぎない信念が得られる方がよっぽど意味のある教育と言えるのではないかという印象を私は持ちました。

このドキュメンタリーのタイトルは「One and not done」(1年で終わりじゃない)。これは、現在のNCAAに対する痛烈な批判であるようにも見えます。

現在、NBAは年齢制限を撤廃するためにNCAAと意見交換をはじめました。これは、今年発覚したNCAAバスケ界のスキャンダルにより生まれた動きです。プロ入りが有望視される高校生のトッププロスペクトに、有名大学やアパレルメーカーなどから賄賂が贈られていたことが明らかになり、FBIが捜査を開始したのです。

米国大学スポーツで収益を生んでいるのは、バスケとフットボールだけなのですが、これは両競技にはプロリーグ(NBAとNFL)のドラフトに年齢制限があるためです。そのため、高卒で即プロ入りできないため、ある意味で大学スポーツの利権が守られてきたのです。

しかし、NBAで年齢制限が撤廃されれば、トップ選手は大学に行かずに直接NBAに行くことになるでしょう。NBAもこれを見越して、今年更改された労働協約では傘下のマイナーリーグであるGリーグの選手待遇を改善していますし、最近はメキシコなど海外にもGリーグ球団を拡張する動きを見せています。これは、年齢制限撤廃後のNCAAとの人材獲得競争を見越した動きの様にも見えます。

大学スポーツのあるべき姿とは?」でも書きましたが、来年7月には18-22歳を対象にしたプロフットボールリーグ「Pacific Pro Football」も開幕する予定です。今後、今まで稼ぎ頭だった2競技でNCAAとプロリーグが直接的に競合していくことになるわけですから、米国における大学スポーツの在り方も変わっていくのではないかと思います。


編集部より:この記事は、ニューヨーク在住のスポーツマーケティングコンサルタント、鈴木友也氏のブログ「スポーツビジネス from NY」2017年12月21日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方はスポーツビジネス from NYをご覧ください。