リニア談合、独禁法での起訴には重大な問題:全論点徹底解説

郷原 信郎

12月8日、東京地検特捜部は、JR東海発注の名古屋市内のリニア新幹線工事をめぐって、スーパーゼネコン大林組に「偽計業務妨害」の容疑で捜索を行った。

リニア工事全体は「巨大な利権」でもあり、当初、JR東海単独の資金で行うとしていたのが巨額の財政投融資が行われるようになった経緯もあるので、公的な資金も投入された国家的プロジェクトとも言えるリニアをめぐる不正に斬り込んでいこうとするのは、特捜捜査の方向性としては理解できるものだった。

しかし、株式が公開された民間企業であるJR東海発注の工事について、「偽計業務妨害罪」を適用するのは、かなり無理があるように思えた。一般的には、民間企業は、どのような方式で、どこに発注しようと自由であり、発注手続について社内ルールが定められていても、会社の判断で変更することも可能であり、ルールに反するやり方が行われたとしても、会社の意向に反しない限り、「業務妨害」になるわけではない。

確かに、2002年、鈴木宗男衆議院議員に対する一連の捜査の過程で、「支援委員会」によるディーゼル発電施設発注に関して、発注者側から受注業者側への入札予定価格の教示等に「偽計業務妨害罪」が適用されたことはある。しかし、この事例では、発注者の「支援委員会」という組織が、日本政府が資金を拠出する「公的機関」であった。発注業務に関して「公の入札」と同様のルールが定められていた「公の入札」で行われれば「偽計入札妨害」に該当するような行為に「偽計業務妨害罪」が適用されることにもそれなりの合理的理由があった。JR東海は純粋民間企業である。建設資金に財政投融資が含まれているとしても、それだけで発注手続が「公の入札」と同様の制約を受けるわけではない。

いずれにしても、「偽計業務妨害」が成立するとすれば、「被害者」は当該民間企業なのであるから、その発注者側が業務を妨害されたと被害を訴えなければ問題にならない。ところが、特捜部の捜索に関して報道されているところによると、事前にJR東海側の聴取や意向確認は行われていなかったようだ。「偽計業務妨害での起訴」に狙いを定めた捜査とは思えない。それを捜索の被疑事実として強制捜査に着手し、そこから、巨額のリニア工事をめぐる他のの事件に展開させていこうとしているのだろうと思った。

大阪地検特捜部の不祥事以来、全く鳴かず飛ばずの特捜捜査、特に、完全に「腰砕け」に終わった甘利氏のあっせん利得事件の捜査が象徴するように、政権側に関連する事件については、全く手も足も出ない。リニア工事という巨額の利権をめぐる不正に斬り込もうとするのは、最近にはない「特捜らしい捜査姿勢」とも言える。その点は評価できるとしても、問題は、「どのような犯罪の立件をめざして捜査を進めていくか」だ。リニア工事に関連する政治家の口利きや不正な金の流れ、或いは、ゼネコン間でのリニア工事に関する受注調整の独禁法違反による摘発を考えているのかもしれないが、いずれにしても、そのような犯罪の端緒をつかみ、立件・起訴に持ち込むのは容易ではない。捜査が長期化するのは必至だろうと思っていた。

余りにも早い「独禁法違反」による強制捜査着手

ところが、それに続く特捜部の動きは素早かった。

その後、私の方は、12月11日に、美濃加茂市長事件で驚愕の「三行半の上告棄却決定」が出されたことで、リニア工事の問題どころではない状況だった。【美濃加茂市長事件 “最後の書面”を最高裁に提出】にも書いたように、市長辞職に追い込まれた藤井浩人氏とともに最高裁への異議申立書の提出を行い、司法クラブで藤井浩人氏と記者会見を行ったのが12月18日、それとちょうど同じ時間に、特捜部が、鹿島建設と清水建設に、独禁法違反(不当な取引制限)の容疑で、公正取引委員会と合同で捜索を行ったことを、その直後にニュースで知った。翌日には、大成建設と大林組にも捜索が行われ、大林組が、公取委にリニア工事での受注調整を認める「課徴金減免申請」を行っていたことが報じられた。

それにしても、こんなに早い時期に特捜部が「独禁法違反の容疑」でゼネコンに捜索に入るというのは全く予想外だった。もともと「入札談合」や「受注調整」を独禁法違反の「刑事事件」ととらえることには様々な問題がある。しかも、従来の「入札談合事件」とは異なりJR東海という民間企業の発注だ。大規模工事で極めて高度な技術が要求され、発注方式も、受注者選定のプロセスも複雑だ。独禁法の罰則を適用し刑事事件として構成するためには、いくつもの高いハードルを越えなければならない。それらの問題について、十分な検討を行った上での「独禁法違反による強制捜査着手」なのだろうか。

筆者の独禁法刑事罰・談合問題への関わり

私は、検察官時代、1990年から1993年の公取委への出向検事時代以降、現場で多くの独禁法違反の刑事事件に関わってきた。公取委は90年に告発方針を策定し、「埼玉土曜会事件」で初の「独禁法による談合告発」をめざしたが、検察側の強い意向で告発断念に追い込まれた(拙著【告発の正義】ちくま新書:2015年)。その後、93年に、東京地検特捜部が談合罪で摘発した「シール談合事件」で、検察から情報提供を受け、初の「独禁法による談合告発」にこぎ着けた。東京地検に戻った後、95年の下水道事業団の談合事件でも、公取委側の事件の組み立てに協力し、告発後の検察捜査にも加わった。この他多くの独禁法違反や談合の事件に関与し、独禁法違反の刑事罰適用をめぐる問題や入札談合の問題については、多くの論文や著書(【独占禁止法の日本的構造】、【入札関連犯罪の理論と実務】等)も著してきた。

また、2006年のゼネコン業界の「談合決別宣言」以降の「入札契約制度改革」にも深く関わった。【小池氏による一者入札禁止「制度改革」の“愚”】でも述べたように、「東京都入札契約制度研究会」会長を始め4つの自治体の外部委員会の総括を務め、一般競争入札、総合評価方式の導入等の入札制度改革について検討し、提言を行ってきた。

そういう私にとって、今回、東京地検特捜部が、リニア工事をめぐるゼネコン間の受注調整の問題に独禁法の刑事罰を適用しようとしていることに大きな関心事だった。

しかも、この事件の捜査の今後の展開は、膨大な費用を投じて行われるリニア新幹線建設の国家的プロジェクトの行方を左右するだけでなく、高度な技術開発を伴う社会資本整備の在り方にも重大な影響を与えかねない。それだけに、事件を報道するマスコミを含め、この事件に関して、何がどう問題なのか、いかなる理由で独禁法による処罰の対象とされようとしているのかを正確に理解することが必要だ。そこで、報道されていることを前提に、今回の事件について現時点で考え得る論点についての可能な限りの解説を行ってみようと思う。

「独禁法違反の犯罪成立は問題ない」との認識の誤り

 マスコミでは、少なくとも、ゼネコン4社に対する独禁法違反の容疑は争う余地のないものになっているかのように報じられている。「リニア工事は高度の技術を要する」という関係者の声もあるが、独禁法違反の犯罪の成立を疑問視する見方は、ほとんど見られない。

しかし、今回の事件について、果たして独禁法違反の「不当な取引制限」の犯罪が成立すると言えるのか、私には、甚だ疑問である。

本件に関しては、(a)民間発注での「入札をめぐる不正」が犯罪になるのか否か、(b)「受注調整」が独禁法違反の犯罪になるのか否か、という2つの異なる問題があるが、マスコミ報道では、2つが混同されている。

①大林組への偽計業務妨害の容疑での捜索、②検察と公取委の合同での4社への独禁法違反の捜索、③大林組が4社間の受注調整を認めて課徴金減免申請していたことが判明、という3つの出来事が連続的に起きたことがそのような混同を生じさせたのであろう。

大林組に対する「偽計業務妨害罪」の容疑に疑問があることは、既に述べたとおりであり、マスコミも、民間発注の入札に関して「業務妨害罪」が成立するのか否か、当初は疑問に思ったようだ。しかし、それから1週間も経たないうちに、「独禁法違反の容疑での捜索」が行われ、一般的に民間発注・公共発注を問わず成立する「独禁法違反」が容疑とされたことで、「民間発注でも犯罪が成立するのか」という当初の疑問は解消されたように認識された。それに拍車をかけたのが、大林組の「課徴金減免申請」が報じられたことだった。受注調整の当事者の1社が公取委にそれを認める申請をしているのであれば他の3社も否定しようがない、「受注調整が独禁法違反に当たる」との前提での検察捜査が先行して行われている以上、告発・起訴は必至との認識が生じたのであろう。

しかし、①の捜索で生じた(a)の問題は、②と③によって解消されるわけではない。①の容疑事実は、「個別の入札に関する不正」であるのに対して、②の容疑事実は、「リニア工事全体についての合意」であり、内容が異なる。しかも、②の容疑事実に関する(b)の問題については、外形的には受注調整に当たる行為が行われていても、リニア工事が「高度の技術を必要とする特殊な工事」であるだけに、独禁法違反(不当な取引制限)の犯罪の成否に関して様々な問題がある。大林組が「受注調整の外形的事実」を認めている③の事実があっても、犯罪の成否についての疑問が解消されるわけではない。

4社間の受注調整に関する(b)の問題については、そもそも、「不当な取引制限」はどのような違反行為であり、どのような要件でその犯罪が成立するのかという問題を、リニア工事の特殊性を踏まえて考える必要がある。

「不当な取引制限の犯罪」とは

リニア工事でのゼネコン4社の「受注調整」「合意」等に対して立件されようとしているのは「独禁法違反の犯罪」である。独禁法は、「公正かつ自由な競争の促進」を目的とする法律であり(1条)、それを阻害する行為が違反行為とされる。その典型である「不当な取引制限(3条後段)」については「悪質・重大な事案を刑事罰適用の対象とする」というのが公取委の告発方針だ。

「不当な取引制限」というのは、事業者が、「共同行為」によって、「相互に事業活動を拘束し」、「一定の取引分野における競争を実質的に制限する」ことである。事業者間の共同行為(相互に意思を連絡すること)によって、本来各事業者の判断で自由に行われるべき事業活動が相互に拘束され、「一定の市場の競争制限が生じること」に違法行為の本質がある。

例えば、「価格(引き上げ)カルテル」だ。A製品について、シェア合計80%のX、Y、Z社が、国内のA製品の販売価格を一斉に10%引き上げる合意をして、実際に一斉値上げをした場合、「A製品の販売分野」という「一定の取引分野における競争」が実質的に制限されることになる。この場合、「A製品引き上げの合意」が「共同行為」であり、それに基づいて「各社がA製品の値上げを一斉に通告すること」が、その「実施行為」になる。それだけで違反は成立するのであり、取引先に値上げが受け入れられるかどうかは問わないし、「価格の上昇」は、その「結果」に過ぎない。

入札談合は、なぜ「独禁法違反の犯罪」となるのか

入札談合が「不当な取引制限」に該当するとされるのも、「価格カルテル」と同様に、「一定の取引分野における競争」を制限する「合意」が行われることに本質がある。そこで違法とされるのは、個々の談合ではなく、「一定の範囲の入札取引」について「談合で受注者を決める」という「合意」だ。

例えば、全国のダム工事全体について建設業者が恒常的に談合受注を行っているという場合、(1)全国で行われる工事全体について、「話し合いによって受注者を決定する合意」が行われ(「共同行為」)、(2) その合意に基づき、実際に個別の入札で談合によって受注予定者が決定され、入札参加者が受注予定者の受注に協力すること(「実施行為」)で、違反が成立する。「一定の取引分野における競争を制限」という要件を充たすためには、「一定の拡がりを持った入札取引全体」についての合意が必要で、個別の入札での談合の事実だけでは「拡がり」がないので「不当な取引制限」には当たらないというのが従来の実務の考え方だ。刑法の「談合罪」が、一定の目的(「公正なる価格を害する目的」等)を持って行われる「個別入札での談合」だけで犯罪に該当するのとは異なる。

過去に多くの入札談合が独禁法違反として摘発されてきたが、その多くは「最低価格入札者が自動的に落札する」という単純な方式の入札での談合だった。入札参加者間で受注予定者を決め、他の入札者が予定者より高い価格で入札すれば、発注者側の意向とは関係なく、予定者が落札することになる。価格カルテルのように、取引の相手方が値上げに応じなくても、「事業者間の合意」の通りに落札者が決まる。事業者間の合意によって確実に競争の実質的制限が生じることが「最低価格自動落札方式」での入札談合の特徴だと言える。

入札談合の独禁法違反の「犯罪の実行行為」

問題は、上記の(1)「共同行為」と(2)「実施行為」がどのような事実と証拠で認定されるかだ。公取委の「行政処分」では、(1)の合意が、いつ誰と誰の間で成立したかを特定することは必ずしも必要ではなく、事業者間に「存在」していることだけで違反が認定される。通常は、「(2)の個別の入札での談合が繰り返されていることから、『合意』が存在している」と認定される。

しかし、刑事罰の適用に関して、「不当な取引制限」を「犯罪」として捉える場合には、行政処分における違反行為のとらえ方とは異なり、「犯罪の実行行為の特定」が必要とされる。

「価格(引き上げ)カルテル」の刑事事件では、一定の取引分野における競争を実質的に制限する「価格引き上げの合意」が犯罪の実行行為とされる。「合意成立で犯罪が既遂になる」というのが判例であり、独禁法違反の入札談合でも同様に考えられてきた。つまり、「一定の範囲の入札取引全体」について談合で受注予定者を決定する「全体的合意」が不当な取引制限の「犯罪の実行行為」とされてきた。不当な取引制限の罪の公訴時効期間が5年なので、その「合意」は5年前以降に行われたものでなければ処罰の対象とならない。

少なくとも、2006年の大手ゼネコンの「談合決別宣言」以前は、日本の公共調達全体に談合が蔓延し、「非公式システム」として機能していた。このような業界の慣行として長期間にわたって継続的に行われている談合については、「全体的合意」を具体的に特定することが困難だった。一方、個別の入札での談合行為は、それだけでは「一定の取引分野における競争の実質的制限」の要件を欠くので、「不当な取引制限の犯罪」は成立しないということになる。それが、かつてゼネコン談合に対する独禁法違反の刑事罰の適用を妨げてきた最大の要因だった。

それが典型的に表れたのが、大手ゼネコン間の談合事件である「埼玉土曜会事件」だった(私が公取委出向検事として関わったこの事件での告発断念に至る経緯については、前掲【告発の正義】で詳述している)。

今回の独禁法違反の容疑は、「ゼネコン4社が東京名古屋間のリニア工事全てについて受注調整を行っていた」というものだが、問題は、犯罪の実行行為としての「合意」をどのように捉えるかだ。公取委の「行政処分」であれば、個別入札での調整が行われていることで、4社間に「合意」が存在し、合意に基づいて談合が行われている、として違反が認定されることになるだろう。しかし、不当な取引制限の「犯罪」ととらえるためには、何らかの形でリニア工事全体についての「合意」の日時・場所・行為者が特定されなければならない。例えば、全区間の工事について4社の担当者が一同に会して協議し、全部の工事の各社への割り振りが決定されたということであれば、それはリニア工事全体という「一定の取引分野における競争」を実質的に制限する合意と言えるだろう。そのような合意が、5年前以降に行われていれば「犯罪の実行行為の特定」は問題ないことになる。しかし、すべてのリニア工事について「話し合いで受注予定者を決定すること」について、5年以上前の合意或いは暗黙の了解があり、個別工事の発注の際に、そのような合意又は了解に基づいて4社間の話し合いで受注予定者が決定されていたに過ぎないということであれば、かつてのゼネコン談合のように、不当な取引制限の犯罪の実行行為としての「合意」の特定が困難ということになる。

高度な建設工事における「価格」と「技術」の関係

独禁法違反については、その違反行為によって競争がどのように制限されたかが明らかにされなければならない。既に述べたように、不当な取引制限という独禁法違反行為は、市場での競争を制限することに本質があるが、そこでの「競争の構造」には様々なものがある。一般的な商品の販売であれば、競争はもっぱら「価格」によって行われる。「同じ物であれば、少しでも安く買いたい」というのが取引先・消費者の意向だからである。

しかし、契約後に、工事が施工されて目的物が完成する建設工事の場合、価格だけではなく工事によって出来上がる目的物の品質が重要な要素となる。建売住宅の建設のように規格化された単純な工事であれば、業者の施工能力に問題がない限り品質に特に差はなく、競争はもっぱら価格によって行われる。しかし、工事が技術的に高度なものであればあるほど、取引の相手方の選択において「価格」だけでなく業者の「技術」や工事の「品質」が重要な要素となる。この場合は、業者側に「技術提案」を求め、技術提案の内容と価格の総合評価によって取引先を選択するという方法がとられることが多い。

高度な技術を要する工事では、施工に必要な技術開発を受注業者側に求めることになる。技術開発が発注後に行われるのであれば、その「技術」を開発する能力を評価して業者を選定することになる。

リニアのような鉄道建設工事がまさにそうであるように、施工方法や用いる工法等を具体化し、監督官庁の認可を受けなければならない場合は発注者が認可申請を行う前に、相応の技術的対応が必要となるが、それは受注業者側に全面的に依存せざるを得ない。その場合に問題になるのは、発注前の技術面の協力を、工事の発注先の選定においてどのように考慮し、反映させるかである。受注業者側が発注者側の要請に応じて多額のコストをかけて技術協力を行った場合、何らかの形でそのコストが回収できなければ協力を行う業者はいなくなる。発注者にとっても、技術面から「実際の工事も技術を開発した業者が受注施工させるのが合理的」ということになる。この場合、事前の協力は、「技術提案の評価」という形で反映されることになる。このような場合は、発注に当たって、価格競争で受注を奪い合う余地はほとんどない。

さらに難しいのは、施工に必要な技術の開発が単独の企業だけでは困難で、トップレベルの技術を有する複数の企業が共同で技術開発を行わなければ施工できない場合である。

発注者側の要請に応じて、複数の企業が共同で開発した高度の技術を用いて施工する場合、その施工をどのように分担するかを、工法や技術についての専門知識を持たない発注者が判断することには限界がある。「共同で技術開発した企業側の決定に委ねた方が合理的」ということになり、この場合も、受注をめぐって競争が行われる余地はほとんどない。

このような工事の場合、施工した際に、自然条件等に応じて、新たに技術開発を行い、設計変更や追加工事の発注を行うことが必要となるので、発注の段階で工事にかかる費用全体を正確に想定することはできない。むしろ、総費用を低減する上では設計変更や追加工事による価格変更を合理的に行うことの方が重要だと言える。そういう意味では、工事の内容が発注段階で確定しており、入札で競争させることがそのまま工事のコスト抑制につながる一般の工事とは異なる。そういう意味では、「競争による価格形成」自体に限界がある。

受注をめぐる競争という面では、独禁法の目的には反するが、高度な技術開発を要する工事の場合には、工事の特性からはやむを得ないものと言える。

施工に必要な高度な技術が開発され、多くの企業が共同で取り組んだ結果完成した工事の代表的なものが、三船敏郎、石原裕次郎主演の映画「黒部の太陽」でも描かれた黒部第4ダムの建設である。当時、関西地方が深刻な電力不足によって復興の遅れと慢性的な計画停電が続き、深刻な社会問題となっていたのに対して、決定的な打開策として関西電力が決断したのが、黒部第4ダム建設であった。当時の日本の土木技術の粋を集めて施工され、186名もの殉職者を出して完成するに至った「黒四ダム」は戦後日本の復興・高度経済成長に大きく貢献した。

このような国家的プロジェクトを遂行するためには、建設業界を挙げての全面的なコラボレーションが不可欠だった。そこでは、独禁法が目的とする「競争」を持ち出される余地はない。

最近の例でも、「東京外かく環状道路(関越~東名間)」に関しては、わが国ではじめて大深度地下領域を全面的に活用し、本線トンネルは全長約16キロ、片側3車線の大断面・長大トンネルであるであることなど、従来の技術では対応できない高度な工事であったため、国交省が、学識経験者、関係機関による検討委員会を設置し、スーパーゼネコン等も協力して工法の検討が行われた。新たな技術開発が必要な工事において「競争」より「共同」が重要となるものもあることは否定できない。

リニア工事で必要とされる高度な技術

今回問題になっている東京―名古屋間のリニア工事も、まさに高度な技術開発を要する工事の典型である。

路線となる東京―名古屋間の9割程度に上る約246キロメートルが南アルプスの地下を貫通するトンネルとなり、最深部は地表から1400メートル。従来のトンネルとは比較にならない程の距離のトンネルもあり、また、東京・名古屋の駅周辺の路線では大深度地下トンネル工事が行われるなど、前述の黒四ダムの工事と同様に、日本の土木建設技術の粋を結集して施工される工事と言っても過言ではない。

このような工事について、民間企業であるJR東海が発注を行うのであるが、その方式として、「総合評価方式」を併用する「公募競争見積方式」がとられているようだ。

リニア初の大深度トンネル発注へ、東京と愛知で】(日経コンストラクション11月10日号)によれば、まず、国の公共工事でも行われている「総合評価落札方式」と同様に、技術提案と入札価格を総合的に評価する方法で「優先的に協議する相手先」を1者選定し、その相手先業者との協議(交渉)によって、工事の内容、工期、必要な費用等を決定する。そして、それらの契約内容が固まった段階で、その内容を他の業者に公開する「公募」を行い、「優先的に協議する相手先」より有利な条件を提示する業者がないかどうかを確認する。そのようなプロセスを経て、最終的に契約内容を確定して契約するという方式がとられているようだ。

リニア工事の中でも、南アルプスの地下を貫通する超長距離のトンネル工事などは、火山活動の影響等による工事の障害が生じることも想定されるし、東海地震の発生にも耐えられる構造が確保される必要がある。また、大深度地下トンネルの工事も、施工する地中の状況に不確定な面がないとは言えない。

このような超高難度の工事について、JR東海が工法、施工計画等を具体化し、国交省の認可を得るところまで、「独力」で行えたとは考えられない。JR東海側は、その経過について一切情報を公開していないが、最先端の土木技術を持つスーパーゼネコン4社が技術面で協力したことで、国交省の認可を受けることが可能になったものと考えられる。そのような工事発注前の技術協力は、発注の際にも、受注業者の選定に大きな影響を与えたはずである。

そこで問題になるのが、上記のように、リニア工事が高度の技術を要する特殊な工事であることが、4社間での「受注調整」についての独禁法違反の成否にどのような影響を与えるかである。

発注前の技術面での協力と「受注調整」

JR東海側がリニア工事の工法、施工計画等を具体化し、国交省の認可を得るまでの間に、スーパーゼネコン側が技術面の協力を行ったことが、実際の工事を受注・施工することとどのように関係するのか。

ここでの技術協力には、(A)複数の工事に共通するものと、(B)個別の工事に関するものの二つが考えられる。リニア工事の多くが、大深度の地下トンネルであり、その施工全般に共通して必要とされる技術が(A)、個々の工区の工事について自然条件等に対応して個別に必要となる技術を開発するというのが(B)である。

(A)については、発注前に共同して技術協力を行ったということであれば、開発された技術も各社が共有し、活用することが可能なはずであり、技術協力を行ったことが特定の企業の受注・施工に直接的に結びつくわけではない。一方、(B)については、その個別工事に関する個別の技術協力を行った企業以外の受注・施工が事実上困難ということであれば、技術協力を行った段階で受注・施工者は事実上確定していることになる。

実際の技術協力は、(A)(B)の両方が混在しているものと思われ、4社間の協議で(A)(B)の技術協力の実績が参考にされて、個別の工事の受注予定者が決定されていたものと思われる。そして、発注者のJR東海側は、技術提案と入札価格を総合的に評価する方法で「優先的に協議する相手先」を1者選定することにはなっているが、技術面で4社に全面的に依存している以上、技術提案の評価を適切に行うのは困難であり、4社間の決定を基本的には受け入れて相手先を選定し、協議をした上で発注していたものと考えられる。

このような形で、4社間で決定したとおりに受注者が決まっていたとしても、それが、ただちに「受注調整」と言えるかどうかは微妙である。4社間の協議決定が、前記の技術協力の実績を踏まえて、技術面から受注するに相応しい社を決定することを目的とするものだったとすると、それは単純な「受注調整」とは言い難い。しかも、その決定に至るまでのプロセスが、リニアの計画段階からの様々な技術面での検討及び技術開発の結果を踏まえたものだとすると、リニア工事についての4社間の「基本合意」は、時効期間の5年よりずっと以前に成立していた可能性がある。 いずれにしても、「リニア工事に関する4社間の調整」というのは、これまで談合罪や独禁法での摘発の対象とされてきた、「入札での競争での価格下落を防止する」「工事や利益を配分する」という「一般的な談合」と性格が大きく異なることは明らかだ。

4社の受注額が均等であること

4社のリニア工事受注額は、概ね均等になっているようだ、それについて、「受注を分け合っている疑い」があるかのように報じられている(東京新聞12.12、毎日新聞12.24)。もし、この「均等受注」が、4社間の「合意」によるものなのであれば、リニア工事という「一定の取引分野における競争を実質的に制限する合意」に当たる可能性がある。

しかし、4社の受注が均等になっているのは、高度の技術を要するトンネル工事等について、施工体制上の制約によるものとも考えられる。リニア工事に投入できる技術者・作業員等の人的リソースには限界があり、JR東海側の要請に応じて、各社が、定められた工期までに施工可能な工事を受注した結果が概ね均等の受注額だったという可能性もある。

しかも、発注者のJR東海にとっても、高度な技術を要する工事であり、施工段階で何が起きるかわからない。もし、受注が1社に偏った場合、同社の技術に問題があった場合には、問題を克服して工期どおりに工事を完成させることは著しく困難となる。危険の分散という面からも、各社にほぼ均等に受注させたいというのは、発注者側の意向だったと考える余地もある。

準大手ゼネコンを「排除」したと言えるのか

「4社の受注調整で中心的な役割を果たした大成建設、大林組の幹部が工事を希望する複数の準大手ゼネコンを排除した」(朝日新聞12.23)というような報道もある。もし、4社が結託して、準大手以下のゼネコンの参入を阻んだとすれば、独禁法3条前段の「私的独占」に該当する余地がある。

しかし、スーパーゼネコン4社以外の準大手ゼネコンが、リニア工事に関してどの程度の受注・施工が可能だったのであろうか。バブル期までは、準大手ゼネコンも、技術開発にかなりの投資をしていたが、その後の建設不況で、準大手には技術開発に投資する余裕はなくなったため、現在では、スーパーゼネコン4社と準大手とは、技術開発能力、高度な施工技術という面では相当な差が生じていると言われている。準大手ゼネコンに南アルプスの地下を貫通する大深度のトンネルを施工する高度の技術力があるだろうか。

リニア工事の中には、一部準大手ゼネコンでも施工可能なものがあり、そのような工事について、スーパーゼネコン側から断念するように言われて断念した事実があったとすると、なぜ受注を断念したのかが重要となる。施工に必要な技術的要素に関して、準大手ゼネコンが、4社側の説明を受け入れて受注を断念したということであれば、それは、むしろ合理的な判断だと言えるが、JVの組合せ等で不利益に扱われることを恐れて断念したということであれば、不当な排除とされる余地もある。

また、政治家の介入などの不当な圧力によって、不当に受注を断念させられたということであれば、独禁法上も違法な参入排除に該当する可能性もあり、個別の入札の不正として、偽計業務妨害罪に該当する余地もある。

独禁法違反の刑事罰適用は相当に困難

以上述べたことを前提とすると、今回のリニア工事をめぐる問題で、不当な取引制限の犯罪として刑事罰を適用することは相当に困難だと言わざるを得ない。

第1に、入札談合についての不当な取引制限の罪の実行行為は、「一定の範囲の入札取引全体」について談合で受注予定者を決定することについての「全体的合意」である、そのような合意が、不当な取引制限の罪の公訴時効期間の5年以内に行われている場合に刑事罰適用が可能となる。リニア工事に関しては、4社間での合意内容も、単なる受注の配分という単純なものではなく、「技術協力」との関係や、新たに開発する技術との関係を考慮した話し合いが行われてきたものと思われ、それが、受注者が確定していったプロセスは単純ではない。そのような一連の行為の中から、「不当な取引制限の犯罪の実行行為」を特定することは極めて困難だと言わざるを得ない。

第2に、仮に、上記の「犯罪の実行行為」の特定ができたとしても、合意の当事者に「不当な取引制限」の罪についての犯意がなければ犯罪は成立しない。4社間の協議に加わっていた当事者は、おそらく、リニア工事の施工に必要な技術的事項や、技術開発についての各社の分担を協議していたに過ぎず、結果的に各工事の受注者が絞り込まれただけだという認識であろう。そのような認識の場合に、果たして犯意があると言えるのか。

第3に、不当な取引制限の罪には、「公共の利益に反して」という要件が含まれている。すでに述べてきたように、高度な技術を要する国家的プロジェクトとしての工事を実現するため、スーパーゼネコン4社の技術を結集し、最先端の技術開発を行うために不可欠な「調整」だった場合、それが「公共の利益に反して」行われたと言えるだろうか。

ということで、今回の事件を独禁法違反の犯罪として刑事罰の対象にすることは極めて困難だと言わざるを得ない。しかし、公取委の行政処分の対象とする余地はあり得ると考えられる。

公取委の行政処分の実務では、「合意の存在」の下で、個別物件について談合が行われていれば「不当な取引制限」を認定することとされ、犯罪の実行行為としての「合意」の特定は必要とされない。また、行政処分には刑事事件のように「犯意」は必要とされないし、「公共の利益に反して」という要件も、公取委の行政処分では「自由競争秩序に反すること」がそのまま「公共の利益に反する」と解釈されてきたので、実質的には違反を否定する要件とはなっていない。今回の事件も、そのような行政処分としての課徴金納付命令の対象とする余地はあるように思われる。

今後、検察・公取委、JR側はどう対応すべきか

以上のように、特捜部と公取委が合同で、独禁法違反の容疑で4社に捜索に入ったことで、大林組が課徴金減免申請を行ったと報じられ、独禁法違反による起訴の見通しが立っているかのように思われているが、実際には決してそうではない。

偽計業務妨害で捜索を受けた大林組は、公取委に、受注調整の事実を認める課徴金減免申請を行っていると報じられているが、単に個々の工事についての調整の事実を認めて申告しているだけで、「一定の取引分野における競争の実質的制限」も含めて違法性を認めているわけではないであろう。

これまでの捜査の展開から、リニア工事全体について独禁法違反の犯罪としての起訴は確実であるように認識されているが、捜査の現状は、それとはかなり異なっているのではないかと思われる。(「週刊文春」12月28日号で、「皆さんが報道するように捜査が進めば、東京地検特捜部の冤罪事件になるんじゃない?」との森本宏特捜部長のマスコミへのコメントが書かれているが、捜査の現状と報道とのギャップについての「本音」ではなかろうか。)

しかし、だからと言って、リニア工事に関するJR東海とスーパーゼネコン4社の対応に問題がなかったということではない。JR東海は株式を上場している民間企業であるが、リニア工事は、公共性が極めて高く、今後の日本社会にも重大な影響を与える国家的プロジェクトなのであるから、工事施工の計画、認可に至るプロセス、その間の技術開発面での企業の協力状況等について十分な情報公開を行うべきである。

高度な技術力を要する工事であることから、工事の企画・設計段階からスーパーゼネコン4社の協力が不可欠だったのであれば、4社によるコンソーシアムを結成させて、共同受注するという方法もあり得たはずなのに、なぜ、「競争入札」の形式がとられたのか。すべてが「闇」の中で、施工方法の検討、施工計画の具体化、発注等が進められていることが、今回、検察・公取委の合同捜査の対象とされるに至った根本的な原因だ。

リニア工事ほど巨大なものではないが、東京外郭環状道路の建設工事では、前述したように発注段階から透明な形で企業側の技術協力を求めるやり方がとられた。国発注ではないが、同様に公共性の高い工事であるリニア工事でも同様の方法をとるべきだったのではないか。

発注者であるJR東海には、発注にあたっての技術面で業者を評価する能力がなく、全面的にスーパーゼネコン4社に依存せざるを得ない実情を表に出しにくかったことが、不透明なやり方で発注が行われてきた背景にあるのかもしれない。しかし、そうであれば、そもそも、JR東海にそのような国家的プロジェクトを行う資格があるのだろうか、そもそもJR東海の工事を認可したことにも問題があったと言うべきではなかろうか。

そういう意味では、国家的プロジェクトであるリニア工事をめぐる「闇」に焦点を当て、スーパーゼネコンによる技術協力、それと工事施工契約との関係等について、私を含め国民に関心を持たせることになった今回の捜査には相応の意義があると言うべきである。

もっとも、マスコミ報道の方が異常に過熱した結果とは言え、大々的な強制捜査によって、ここまで大きな社会的影響を及ぼしてしまった以上、具体的な事件の立件・起訴が全くできなかったということでは、検察の責任が問われることになりかねない。独禁法違反の犯罪での起訴は困難であることを認識した上、JR東海側も被害申告をせざるを得ない個別工事における不正や、公取委の課徴金納付命令等の行政処分等を具体的成果とすることをめざして捜査を行っていくべきであろう。そのような捜査を、適正かつ公正に着実に行って事案の真相を解明していけば、これまですべて「闇の中」で行われてきた巨額のリニア工事への政治家の関わり、不正な金の流れ等の具体的事実を把握することができるかもしれない。

企業コンプライアンスの観点から

最後に、企業コンプライアンスの観点から、JR東海とスーパーゼネコン4社に求められることについて述べておきたい。

これらの当事者企業は、これまで「闇の中」で行われてきたリニア工事に関して、特捜・公取委の捜査に全面協力し、これまで各社の社内でリニア工事に関して何が行われてきたのか、真相解明に積極的に協力していくべきだ。それは、既に、課徴金減免申請を行っているとされる大林組に限ったことではない。

しかし、一方で、これまで述べてきた独禁法違反の成否に関する論点については、法的な主張を行うことを躊躇すべきではない。重要な論点が見過ごされ、誤った法適用が行われることになると、建設業界の将来や今後の日本の社会資本整備にも重大な禍根を残すことになりかねない。

JR東海にも、スーパーゼネコン4社にも、コンプライアンスの観点から、「事実解明には全面協力し、法的主張は徹底して行う」という姿勢が求められる。


編集部より:このブログは「郷原信郎が斬る」2017年12月26日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方は、こちらをご覧ください。