ブラジルの貧民街「ファベーラ」観光ツアーの危険度

白石 和幸

人気のファベーラツアー:El Confidencialより

ブラジルの保険省の発表によると、2001年から2015年の間に殺害された犠牲者は786,870人にまでにのぼるという。シリア紛争で死亡した331,765人と比較しても、戦争下にないブラジルの犯罪の多さは国の脅威となっている。

この犯罪の多発は留まることなく、今年上半期でも28,200人が殺害されている。即ち、一日に155人が殺害されていたということになる。この犠牲者の7割近くが貧民街「ファベーラ(Favela)」に住んでいる若者や黒人だという。

ところが、その貧民街のファベーラを訪問するツアーが富裕者の間で人気を集めているというのである。皮肉な現象である。麻薬組織同士の銃撃戦の中に巻き込まれる危険もある中で、スリルを味わい、また貧民街で住民がどのような生活をしているのかというのを観察できるという奇妙な好奇心をそそる観光ツァーなのである。また、市政もこの観光ツアーがファベーラの住民の幾分かの収入に繋がればと望んでそれを支援しているというのである。

しかし、ファベーラへの訪問はツァー客にとって常に危険であることには変わりはない。10月24日、ガイドに案内されてファベーラを訪問していたスペイン人女性マリア・エスペランサ・ヒメネス(67)が、そこを警備していた憲兵の銃弾を受けて死亡するという事件が起きた。警察の公式発表によると、彼女を乗せた車の運転手が憲兵の「止まれ」という指示に気が付かなったようで、それを無視して前進したところを憲兵が発砲した銃弾が車の窓ガラスを突き抜けて彼女の首に当たって病院に搬送されたが間もなく死亡した。車には現地のガイドとイタリア人運転手に彼女と彼女の兄とその嫁が同伴していた。

ファベーラとはラテンアメリカで大都市の傍に隣接して無秩序に建てられたバラック小屋などが集まって一つのブロックを形成している貧民街のことであるが、その中でもブラジルのファベーラはその規模の大きさなどから良く知られている。

ファベーラが目立って存在しているのはリオデジャネイロで、750のファヴェラが存在し、同市の人口の2割がそこに住んでいるという。

そのリオの南部地区に位置しているブラジルで一番規模の大きなファベーラ「ロシーニャ(Rocinha)」には国勢調査で7万人、推定で20万人が居住しているとされている。彼らの大半は貧困地方から職を求めて都市に移住して来た人達である。

例えば、ファベーラの住民が公共保健制度を利用できるためには住所登録が必要とされている。その登録には電気代を支払うことが条件になっているという。そこで、彼らが工夫したのは、使用している電気料金の5%を支払うだけにして、残りの電気使用量は違法に電線を張り巡らせて、そこから無料で電気を使用するようにしているのである。

また、ファベーラでは麻薬の密売が盛んで、ロシーニャでは「ロヘリオ157」と「ネム」との二つの麻薬密売組織が対立しており、2012年から警察が治安の安全を目的にそこを警備している。一度は警察の警備だけでは安全が守れないとして政府は1000人から成る軍隊と数十台の戦車を導入した。1週間で治安を取も戻した感もしたが、軍隊が退去したあとはまた銃の撃ち合いが再開されたという。

このような危険を帯びたファベーラで上述したように、スペイン人が死亡したのである。この事件が衝撃を与えたのは、麻薬組織の人間が撃った銃弾ではなく、安全を取り締まる側からの銃弾だったということである。しかも、治安の安全を守る側では発砲するという手段を選ぶのは最後まで待つべきである。その前に相手に注意を促す手段は他にあったはずだというのが世論の意見で、憲兵の軽率さに批判が出ている。

死亡事件は今回が初めてではなく、3月にはアルゼンチンからの観光者が別のファベーラにGPSで間違って進入して殺害された。昨年12月にも、イタリア人が道を間違ってファベーラに入り、麻薬密売人の銃弾を受けて死亡している。

この数年ファベーラツアーの人気が上昇し、また警察による取り締まりも上手く行って、ファベーラの中でバルや小規模のホテルも開設されたりしていた。また、ファベーラの住民も観光者相手に民芸品を売るようにもなっていた。リオ五輪の開催はファベーラツアーの奨励にも貢献した。

ロシーニャのファベーラツアーには13人のガイドがいたが、ツアー客の死亡事件が発生してから現在4人減って9人がガイドをしているそうだ。しかし、10月のスペイン人の死亡事件を契機にこのツアービジネスが消滅してしまうのではないかと懸念しているのは、このビジネスを企画したパイオニア的存在であるマルセロ・アームストロングである。