「核ボタン」弄ぶ金正恩氏の「残虐さ」

新年そうそう米朝指導者の間で舌戦が再び始まった。今回の争点は相手の外貌に対する中傷・誹謗ではなく、“ボタン”競争だ。洋服ボタンの色や形ではない。「核兵器」のボタンだ。

普通の人なら「核ボタン」という表現は知っているが、それを実際見る機会はない。あるとすれば、英国秘密情報部(MI6)の工作官ジェームズ・ボンドが活躍する映画「007」の中でぐらいだろうか。

▲フランスの1971年の核実験(包括的核実験禁止条約機構=CTBTのHPから)

その点、トランプ大統領はロシアのプーチン大統領らと共に「核ボタン」の所持者であり、そのボタンを押す権利も有している政治家だ。その超エリート階級に北朝鮮の独裁者・金正恩朝鮮労働党委員長が、「僕も核ボタンを持っている。自分の書斎の机の上にある」といって「核」クラブ入りを取び越えて、「核ボタン」クラブ入りを宣言したのだ。

金正恩氏は1日、新年の辞の中で「核のボタンが私の執務室の机の上に置かれているということは脅しではなく、現実であることを知るべきだ」と述べている。

金正恩氏は昨年、「核戦力の完成」を宣言しているから、それが事実とすれば、次のステップは当然、「核ボタンの所持」となる。金正恩氏の思考は少なくとも軍事分野では非常に論理的だ。
ちなみに、米国の著名な国際政治学者ジョセフ・ナイ氏はオーストリア日刊紙プレッセ(1月2日)に寄稿し、そこで「金正恩氏は残虐な人間だが、決して狂人ではない」と指摘している。

それに対し、米トランプ大統領は2日、早速ツイッターで、「私にも核ボタンがあるが、彼のものよりもはるかに大きく、はるかに強力だ」と返信している。

トランプ大統領はエンターテイメントの世界に通じた人物だ。相手をからかい、笑わすことに長けた米大統領としては稀有な資質を有する政治家だ。その返信内容は正しい。トランプ大統領は核ボタンが入ったカバンを常時傍に置いているという。ホワイトハウスを留守にする時も、核ボタン入りのカバンは常に大統領の傍にある。少なくとも、ハリウッドの映画の中ではそのように描かれている。そしてトランプ氏の「核ボタン」は金正恩氏のそれより大きく、強力だという点は疑いがないだろう。

少なくとも、「核ボタン」競争では金正恩氏もトランプ氏も極めて冷静だ。金正恩氏の場合、「核保有国」認知のない中で「核ボタン」宣言を公表しただけに、その点をトランプ氏につかれたら少々困窮するかもしれないだけだ。

「核兵器製造」、「核実験」、「核保有」宣言、そして最後に「核ボタン」宣言となるが、北の場合、「核保有」宣言が国際社会では認知されていない。金正恩氏が「核保有」の認知にあれほど拘ったのは、次の「核ボタン」宣言がしたくて堪らなかったからだ。

核兵器は大量破壊兵器だ。それが実際投入された場合、どのような被害が起き、どれほど多くの人々が犠牲となるのかを日本人はどの国よりも知っている。その核兵器のボタンをトランプ氏だけではなく、金正恩氏も所持しているというのだ。そして最も深刻な問題は、その核ボタンを「僕の書斎の机の上にある」と豪語する金正恩氏に核兵器に対する恐れが欠けているように感じる点だ。

「核ボタン」入りのカバンを所持しない大多数の人類は金正恩氏が「核ボタン」の意味を正しく理解し、そのボタンを誤って押せばどのような結果をもたらすかについて、核兵器担当軍幹部からブリーフィングを受けていることを願うだけだ。

金正恩氏が狂人でないことを願うが、トランプ氏を威嚇することに心を奪われ、本人が何を言っているのか判断できなくなってきたように感じる。その行先は「核ボタン」を押すという誘惑を制御出来なくなることだ。
金正恩氏はひょっとしたら「自分は核ボタンを主管・管理できる」と自惚れているかもしれないが、「核ボタン」の誘惑は日々、拡大し、現実的になっていくのだ。金正恩氏はその「核ボタン」の誘惑にいつまで抵抗できるだろうか。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2018年1月4日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。