「独立宣言」10年目のコソボが危ない

長谷川 良

セルビア系住民が多数住むコソボ北部のミトロヴィツァ市(Mitrovica)で16日朝、セルビアの政治家オリベル・イバノビッチ(Oliver Ivanovic)氏が射殺された。犯人は走る車から消音銃で4発、政治家の胸に発砲。イバノビッチ氏(64)は運ばれた病院先で死亡した。

▲コソボ議会の建物(コソボ議会の公式サイトから)

外電によると、同氏は社会民主主義政党に所属し、穏健派の政治家と目され、コソボで多数を占めるアルバニア系との対話を重視する一方、セルビア政府のコソボ政策を公然と批判してきた。コソボのハシム・サチ大統領とラムシュ・ハラディナイ首相はセルビア人暗殺事件を批判する声明を出している。

コソボ側は犯人探しに奔走しているが、犯人像は分かれている。一つはコソボで多数を占めるアルバニア人だという説だ。暗殺されたイバノビッチ氏は1990年代のコソボ紛争における戦争犯罪で有罪判決を受けたが、控訴裁がこの判決を破棄し、審理を差し戻していた経緯がある。多くのコソボ人にとって、同氏は戦争犯罪人だ。

一方、犯人はセルビアのベオグラード政府と関係がある人物だという憶測が流れている。なぜならば、イバノビッチ氏はセルビア共和国でも多くの政敵を抱えていたからだ。それに対し、セルビア政府は「コソボ政府は犯行をセルビア人の仕業と主張している」と強く反論。ちなみに、セルビアのアレクサンダル・ヴチッチ大統領はイバノビッチ氏暗殺事件を「テロ事件」と批判している。

欧州連合(EU)のブリュッセルで16日、ほぼ1年ぶりにセルビア共和国とコソボ両国の正常化交渉が開始されたばかりだが、コソボでのセルビア人暗殺事件を受け、セルビア側は「事件が全面解決できるまでは如何なる交渉にも応じない」と述べている。

バルカン諸国は“民族の火薬庫”と呼ばれてきたが、コソボの暗殺事件はその火薬庫に火を点ける恐れが出てきた。

コソボが「独立宣言」を表明して今年2月17日で10年目を迎えるが、コソボを主権国家と認知している国はまだ114カ国で、ロシアやセルビアを含む80カ国以上が認知していない。EU28カ国では5カ国が依然、承認を渋っている。スペイン、ギリシャ、スロバキア、ルーマニア、キプロスの5カ国だ。いずれも国内に少数民族を抱えている国々だ。国連常任理事国ではロシアのほか、中国もコソボの独立宣言を認知していない。

コソボ国民はフラストレーションが高まっている。アルバニア系住民と少数派民族セルビア系住民の間の対立は解消されていない。国民経済は期待したほど成長できず、腐敗、縁故主義が席巻し、失業率は30%を超える。

コソボで昨年5月10日、ムスタファ政権(「コソボ民主党」と「コソボ民主連盟」の大連立政権)に対する不信任案が可決され、同年6月11日の前倒し選挙(定数120、有権者数約190万人)が実施された。その結果、中道右派連合が勝利し、中道右派「コソボ未来同盟」(AKK)のハラディナイ党首が昨年9月7日、首相にカムバックしたばかりだ。

なお、ハラディナイ首相はコソボ紛争ではコソボの独立のために戦った「コソボ解放軍」(UCK)の軍司令官の一人。同首相には、戦争犯罪だけではなく、麻薬、武器密輸など組織犯罪の関与容疑が囁かれてきた。
独週刊誌電子版は「ハラディナイ氏が新しいコソボ首相になれば政治的に厄介な問題が生じる」と警告を発していたが、シュピーゲル誌の予想が現実味を帯びてきた。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2018年1月21日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。