メロン除草剤散布事件はその後どうなった?寺坂農園を取材

黒坂 岳央

こんにちは!肥後庵の黒坂です。

昨年2017年の夏、思い出すのも辛くなる大変な事件が北海道・富良野で発生しました。富良野の寺坂農園で除草剤が散布され、出荷直前のメロン6600玉が全滅するという農家にとっては悪夢のような痛恨の一撃が加えられたのです。

ネットには様々な憶測が飛び交い、「犯人は農協関係者」「周辺の農家が妬んでやったこと」といった何の根拠もない“噂”が独り歩き。ただでさえ事件の一撃の手痛いダメージに苦しんでいた農園の経営者・寺坂さんは、ゴシップ記事を中心とした二次被害にあっていたのです。

私はこの事件について「富良野メロン除草剤事件は犯人の意図とは逆の結果になる」という記事を書きました。その後は事件の続報がなく、真相は闇に葬られたかのように見えました。先日、記事を書いた私は寺坂さんとご縁を頂く機会があり、直接寺坂さん本人からメロン事件その後の状況を詳しくお話を聞かせてもらいました。

今回の記事は寺坂さんへ取材した内容を書いています(掲載内容は本人の許可を取得済み)。中には胸の痛くなるような話も含まれていますが、事件が過ぎ去った今も解決していない問題や、これから前へ進むためへの取り組み、そして二度とこのような事件を繰り返さないために、今回記事を書かせていただきました。

被害にあった寺坂農園さんとは?

北海道・富良野で野菜やメロンを栽培している寺坂農園。「感動野菜産直農家」という名の通り、来園されるお客様が感動されるような素晴らしい野菜や果物を提供されています。

写真は寺坂さん提供

寺坂さんは「北海道・富良野からおいしいメロンや野菜を育て、全国のお客様へ直接お届けし“おいしいっ”と喜んでもらうのが寺坂農園の志事です」を理念に農業に取り組まれています。こだわりのポイントとしては、「徹底した土作りとメロンの栽培技術」と胸を張ります。また、「お客さまに売れない農作物は栽培しない!」と決めており、栽培した野菜や果物は全てお客さまへダイレクトにお届けする「産直農家」という形態を取っています。

地方での農家、農園というと「どちらかというとアナログで、ITが得意ではない」というイメージがありますが、お客さまを大切にする寺坂さんはブログやSNSを使って畑や栽培状況の情報発信にとても力を入れており、お客さまとのコミュニケーションの場を構築されています。

また、寺坂さんは「直販・通販で稼ぐ! 年商1億円農家」という本を出版しており、本書では農家が直接お客様とつながることの素晴らしさなどを説いた内容となっています。Amazonでは60以上のレビューがついており、星4つ以上が95%を占めるという脅威の高評価を叩き出しています。

昨年のあの恐ろしい事件までは全てが順調そのもの、手塩にかけて育てたメロンはこれからの出荷に向けて、その身を丸々と大きく太らせていたのです。

忌まわしい事件の全容

そんな寺坂農園に事件が起こったのは昨年2017年7月10日深夜未明のことでした。何者かがメロンハウスに侵入し、除草剤散布したことで出荷直前だった6600玉のメロンが全滅。寺坂さんは栄養剤を葉面散布し、肥料を溶かした水を注ぐなど、回復に向けて懸命な対応にあたりました。ですが努力虚しく、そのままメロンは出荷することなくすべて廃棄することになりました。一夜にして寺坂さんは失意の底に落ちることになったのです。

写真は寺坂さん提供

寺坂さんによると、想定被害額は約1,500万円。これは多くの農家にとって即倒産につながるレベルのとてつもない一撃が加えられたのです。メロンを栽培するのに人件費やその他経費をかけ、何より愛情を込めて育てて来た農作物が全滅するのは、農家にとって途方もないダメージになります。メロンを楽しみにしていたお客さまへキャンセルの連絡は、実に1,000件にのぼります。「自分たちに一切の落ち度がないのに、1000件ものお客さまへお断りの連絡をすることになるとは、どれほど苦しかっただろう」と聞いていて胸が苦しくなるのを感じます。幸い、除草剤は分解されて土に残らないため、今年2018年の夏に出荷するメロンの品質には一切の影響ありません。

ですが、資金的ダメージは未だに残ったままです。何より今も寺坂さんを苦しめているのは誤った憶測や噂、そして中傷だと寺坂さんはいいます。「農協を抜け駆けした罰だ」「注目を浴びるために寺坂本人が除草剤散布を巻いたのでは?」そんな数々のゴシップ記事や中傷の書き込みに寺坂さんの心は傷つき、今でも辛い思いをしていると続けます。

事件の犯人について、寺坂さんは世間が独り歩きしている“噂”をバッサリ力強く否定しました。「私の推測は、“いたずらのエスカレート”です。3回も深夜にハウスへ侵入し、換気装置の設定を狂わすという行為をしていって、ドキドキ感・自己効力感を味わい、それがエスカレートして除草剤散布に…。放火や万引きがエスカレートして、やがては大きな火事や窃盗につながるのと同じ経緯を辿ったもので、断じて農協関係者や地域の農家さんがするわけありません!」といいます。

農園の再生に向けて

しかし、落ち込んでばかりではいられません。今年の春には資金ショートは免れない、という厳しい現実が目の前にあるからです。今年の夏の出荷に向けてこれから除雪作業・種まきなど必要な作業は待ってはくれないのです。今年のメロンの出来栄えを楽しみにしているお客様から声が、続々と届いています。

寺坂さんは倒産を逃れるため、資金繰り対策として融資を受ける準備も進めています。確かに融資を受けることで今年倒産することは避けられます。しかし、融資は問題を先送りにしているに過ぎず、来年以降は返済に苦しむ事になります。犯人を逮捕し、起訴すれば損害賠償請求や慰謝料請求権を得ることが可能です。しかし、寺坂さんが相談した弁護士は「こういう犯罪はお金のない人がやることなので、捕まっても損害金の回収は事実上難しいと思います」と答えたそうです。寺坂さんががっくりと肩を落としたのは言うまでもありませんでした。

しかし、事件を引き起こしたのも人間なら、救いの手を差し伸べるのもやはり人間です。事件当日から支援を望む声が届いており、「クラウドファンディングで資金調達をしませんか?」という提案が30件を超えたといいます。事件当初は気力が落ち込み、とても次の行動には移せなかったのですが時の経過が傷を癒やしてくれます。「被害の爪痕は依然大きいけれども、事件から精神的に立ち直ろう!」元々前向きで明るい性格の寺坂さんはそう決心をしました。寺坂さんはマクアケのクラウドファンディングで必要資金調達をすることを決めました。必要支援金は1,600万円です。

<必要資金の内訳>

・防犯カメラの設置、夜間街頭の増設費用…73万円

・昨年被害を受けたメロンの種、ビニールなど生産資材費…114万円

・今年のメロンの種・生産資材費…114万円

・昨年被害を受けたハウス6棟分のメロン栽培に関する人件費などの経費…755万円

・事件前までにハウス6棟分の利益で賄う予定だった人件費…242万円

・その他、クラウドファンディングに関わる諸経費など

1,600万円の資金があれば、今回の犯罪被害で生じた経済的損失を埋めて今後もメロンをまた栽培・出荷することができます。

資金が集まるかどうか?その結果は、寺坂さんにとって人生を変えてしまうほどの大きなものです。この話を聞いた私は「どうかたくさんの支援の手が差し伸べられますように…」と心の底から願わずにはいられませんでした。「無縁社会」といわれることのある現代の日本、でもまだまだ捨てたものじゃないじゃないか!と思わず、そういってしまうような結果になることを祈っています。私にできることはこうして寺坂さんの窮状を訴え、少しでも応援の手が届くお手伝いをさせてもらうことです。

二度とこのような事件を起こさないために…

事件の犯人は2018年1月29日時点ではいまだ捕まってはいません。

寺坂農園さんは二度と同じような攻撃を受けないよう、防犯カメラと夜間外灯の設置による対策を取っています。しかし、それは100%絶対的な防御手段にはなっていないというのが実情です。農園や農家は24時間体制でのガードマンや、入り口を限定することは不可能ですから、作物の盗難や、農作物へのいたずらに対してあまりにも無防備なのです。日中の農作業に加えて、防犯までとなると負担増は免れません。とはいっても、防犯に力を入れているという事実があるだけで、ある程度の防犯効果は期待できます。

写真は寺坂さん提供

そして寺坂さんへの取材で話を聞いている内に、私はこのような事件を起こさないために「教育」の必要性を再認識しました。そう、防犯カメラやパトロールなどはもちろん、これから私たち一人ひとりが相手を尊重することを理解するための教育こそが、再発防止策になると思うのです。世界はみんなの仕事でできています。どの仕事も等しく必要とされているものであり、みんなが一生懸命働いています。そのことを理解し、みんなが相手の仕事を尊重する気持ちを持つことで世の中は今よりもっと生きやすくなるのではないでしょうか?

今回の事件も犯人は相手の仕事や気持ちを尊重する部分が欠けているために起こってしまったと考えます。情操教育があれば結果は変わっていたのかもしれません。「人のやっている仕事を尊重してお互いに気持ちよく生きよう」、このことを後世へ伝えることが現在を生きる我々の双肩に託されているのです。

「教育で問題が片付くなら世界から犯罪は消えているよ」

そう思われるかもしれませんし、綺麗事に聞こえるかもしれません。教育には即効果はないでしょう。しかし大震災という有事の際に、物資支給に長い行列を作って秩序を維持した日本人の姿を見て、海外の人が驚いたことを思い出していただきたいのです。あれこそ、日本人の教育の賜物だと思っています。長い目でみれば、やはり教育こそが再発防止効果があるのではないでしょうか。

2018年の今年も『感動野菜産直農家』として沢山のお客様の想いであふれかえる寺坂農園を見られることを、心から願わずにはいられません。私も熊本県でフルーツギフトビジネスを運営しているので、同じ農業ビジネスを営むものとして、仲間として応援したいと思っています。最後に、寺坂さん、この度はお忙しい中貴重なお時間を割いて辛い事件の話を聞かせてくださりありがとうございます。私も遠く、熊本から応援しております!

黒坂 岳央
フルーツギフトショップ「水菓子 肥後庵」 代表

ビジネスジャーナリスト
シカゴの大学へ留学し会計学を学ぶ。大学卒業後、ブルームバーグLP、セブン&アイ、コカ・コーラボトラーズジャパン勤務を経て独立。フルーツギフトのビジネスに乗り出し、「高級フルーツギフト水菓子 肥後庵」を運営。経営者や医師などエグゼクティブの顧客にも利用されている。本業の傍ら、ビジネスジャーナリストとしても情報発信中。