誤解だらけのF-35戦闘機(特別寄稿)

潮 匡人

F-35A戦闘機(空自サイトより:編集部)

実は対艦攻撃できない空自F-35A戦闘機

去る1月26日、航空自衛隊のF-35A戦闘機が三沢基地に初めて配備された。F-35Aの部隊は来年度末までに10機体制になる。

同機は「高いステルス性を有するなど、現在、最も先進的な戦闘機」(同日の小野寺五典防衛大臣会見)であり、「防空戦闘のみならず、情報収集・警戒監視、対地・対艦攻撃といった様々な任務を効果的に進めることが可能であるため、陸上部隊と海上部隊との連携も強化されるなど、統合運用能力の強化につながる」。また「米国もF-35の導入を進めていることから、日米の相互運用能力も強化」される……いっけん、よいこと尽くめのようだが、課題も多い。

げんに、この日の防衛大臣会見でも、記者がこう質問した。

「この対地・対艦攻撃等とおっしゃいましたけれども、長い射程のミサイルを載せられることから、敵基地攻撃能力という指摘もありますけれども、この点についての御所見をお願いいたします」

大臣の正確な回答内容は防衛省の公式サイトに掲載されているので詳しくはリンクをご参照いただきたい。そこで大臣が述べたとおり、「相手の脅威圏外から対処できる」スタンド・オフ・ミサイルの導入はべつに「敵基地攻撃」を目的としたものではない。いわゆる「敵基地攻撃」については、よくも悪くも「日米の役割分担の中で、米国の打撃力に依存」している。

実際、当該ミサイルを導入しても、それだけでは、たとえば北朝鮮弾道ミサイルの移動式発射台(TEL)すら破壊できない。なぜなら、移動するターゲットのリアルタイムな位置情報を得られないからである。なんでもかんでも、すぐ「敵基地攻撃能力」に結び付けようとするのは、マスコミの悪弊である。むしろメディアが追及すべきは、会見でこう述べられた点であろう。

「現在、航空自衛隊はF-35Aに搭載可能な対艦攻撃の装備品を保有しておらず、F-35Aの対艦攻撃能力を発揮することができない状態にあります。すなわち、現状のままでは、F-35Aのステルス性を活かした対艦攻撃を実施することができず、わが国防衛に支障をきたすおそれがあります」

上記の問題があるから、スタンド・オフ・ミサイル「JSM」をF-35Aに内装可能な対艦ミサイルとして導入すべく、平成30年度政府予算案に取得経費が計上された。なぜ、JSMなのか。理由は単純。「JSMのほかにF-35Aに搭載可能なスタンド・オフの対艦ミサイルは現在存在していない」(同前)からである。

かくしてJSMを取得(購入)せざるを得なくなってしまったこと自体が問題であり、防衛省・航空自衛隊の責任はきびしく問われるべきと考える。遠い将来「敵基地攻撃能力」の保有に繋がる可能性より、「現状のままでは(中略)わが国防衛に支障をきたす」ことのほうが、より深刻な問題ではないのか。なぜ、どのマスメディアも、そう追及しないのだろうか。

F-35Bで「空母いずも」?

以上はAタイプの話だが、いま話題のBタイプを巡っても誤解が多い。

去る2月12日付「読売新聞」朝刊一面トップ記事その他の報道によると、「政府は、米軍が運用している最新鋭ステルス戦闘機『F-35B』の導入を検討している」「2026年度頃の運用開始を目指す」そうで「空母化の改修を検討している海上自衛隊最大級の護衛艦『いずも』での運用も視野に入れる」という(同読売記事)。

火のない所に煙は立たぬ――いぜん防衛省は公式に認めていないが、すでに他社も同様に報じており、事実と判断するほかない。ベストセラーとなっている超人気コミック『空母いぶき』(かわぐちかいじ、惠谷治共著・小学館)が描いた架空の設定が、いまや現実になろうとしている。

ただ、本件報道をリードしてきた読売を含め、みな「護衛艦『いずも』空母化」などの見出しで報じているが、それはおかしい。ミスリードの類と考える。たとえば読売記事をはじめ、みな「空母化すれば、F-35Bを約10機搭載できる」という。だが、それは最大搭載数に過ぎず、実際にF-35Bを10機も搭載すれば、「空母」としては運用できないし、それ以前の問題として、甲板を改修しなければ、戦闘機は搭載できない。

かりに将来、空母として本格運用するなら、哨戒機など戦闘機以外の航空機も搭載する必要があるが、もしF-35Bを10機も搭載すれば、哨戒機を搭載できるスペースがなくなってしまう。もともと「いずも」など海上自衛隊が保有するヘリ搭載型護衛艦(DDH)の主要な任務は対潜水艦作戦である。「対潜ヘリ空母」と呼んでも間違いではない。

その「対潜ヘリ空母」から(対潜)哨戒機を降ろし、かわりに戦闘機を搭載しても「空母」としては使えない。いわんや憲法上保有できないと解釈されている「攻撃型空母」とは程遠い。

もし自称「空母」に対潜哨戒能力がなければ、敵潜水艦にとって格好の餌食となってしまう。だから本物の空母には、イージス駆逐艦(「護衛艦」「ヘリ搭載型護衛艦」)などの艦隊が随伴する。空中でも警戒機や哨戒機が飛び、海中を潜水艦が航行する。「米空母機動部隊」「米空母打撃群」と呼ばれるように、米軍は基本、「空母」を単体としては運用しない。

もし、空母を敵の潜水艦攻撃などから護衛する「ヘリ搭載型護衛艦」の哨戒能力を犠牲にして「空母化」すれば、本末転倒ともなりかねない。

空母艦載機の操縦は海自?空自?

さらに関係者の反発をおそれず書けば、その「空母いずも」が搭載する戦闘機を操縦するのは誰なのか。海上自衛官か、それとも航空自衛官か。

前掲コミック『空母いぶき』では、航空自衛隊の戦闘機パイロットだった主人公が「空母いぶき」の艦長となる。だが、現実の世界では、あり得ない想定となろう。なぜなら海上自衛隊が組織的に抵抗するからである。げんに『空母いぶき』を話題とした小野寺五典代議士(その後、防衛大臣に再任)らとの座談会でも、某元海将が異を唱えた。

だが海上自衛隊には現状、戦闘機を操縦できる自衛官が一人もいない。失礼ながら、戦闘機を運用できる実績もない。その海自の護衛艦に、空自が導入する戦闘機のBタイプを搭載したら、それが「空母」になるのか。みな、本気でそんなことを考えているのか。

防衛省・海上自衛隊とマスコミが合作で描く「空母いずも」話は、人気コミック作品『空母いぶき』のリアルな設定すら飛び越えている。これでは、いったいどちらがフィクションなのか、わからない。

安全保障は感情で動く (文春新書 1130)
潮 匡人
文藝春秋
2017-05-19