日本において、年間約2900人の女性の命と1万人の子宮を傷つけ奪う子宮頸がん。
「マザーキラー」の異名を持つこの病気は、少子化に悩む日本にとって忌むべき敵です。
しかし喜ばしいことに、この子宮頸がんはワクチンで防げる数少ないがん。
そこで、厚労省は2013年からワクチンを定期接種(接種すべきとして、国と地方公共団体が費用を負担してくれるワクチン)にしました。
が、副反応を訴える人たちが出てきたこと、メディアもそれに乗っかり薬害として報道したことで、たった2ヶ月で厚労省からの積極的な推奨(接種年齢の人がいる世帯にワクチン接種の予診票など書類が送付され、接種を促すこと)は中止に。
そして7割近くあった接種率は1%以下にまで落ち込んでしまったのです。
しかし、その後に様々な研究から、HPVワクチンと副反応との関連性に疑義が発表されました。
その一つが、「名古屋スタディ」です。
名古屋スタディは我が国初の大規模調査で、70,000例以上の女子を対象とした優れた調査設計によって、これでワクチンと副反応の関連性のエビデンスが導き出せる、とされたものです。
この名古屋スタディは、2015年速報が出され、そしてその後名古屋市によって「抹消」されました。2年を経て、研究担当者の鈴木貞夫教授(名古屋市立大学大学院医学研究科)が名古屋市ルートではなく、国際ジャーナルで発表したのが、今回発表された結果です。
名古屋スタディとは何か。そして、どうして名古屋市はそれを隠してしまったのか。解説します。
薬害を証明したかった名古屋市
河村たかし名古屋市長は、2015年8月24日の調査発表の記者会見を行いました。
そこで、以下のように発言をしています。
「こういういろんな皆さんからの声が届いたときですね。予防接種の副反応に。
届いたときに、やっぱり責任を持って。今までだと、何かこういうことになると、すぐ逃げ腰になるんですけれど、そうじゃなくて、全件調査をするということにきちっと踏み出しまして、日本一のワクチン予防接種先進都市にふさわしいことをやっていきますので」
「これもね、この間お見えになって。色んな症状を訴えられておる方がね。そういう皆さんの声に応えるということですから、なかなかええんじゃないですかね。いつも全然褒めてもらえんけれど、たまには、名古屋もええことをやるわなと言ってもらいたいわな」
河村たかし市長は、この発言の7ヶ月前に「被害者の会」と会っています。そこで、健康調査をしてほしいという陳情を受けていることから、この調査によってワクチンと副反応被害の関連性を証明したかったことが伺われます。
当初はそうした動機のもと行われた、日本人を対象とした初の大規模子宮頸がんワクチン副反応疫学調査は2015年12月14日に速報段階の結果を発表します。
期待と真逆の速報結果
発表された結果。それはなんと「副反応症状とワクチンの関連性は認められない」というものでした。
河村市長は記者会見でこう発言しました。
「私の素直な感覚を言いますと、役人が言ったやつじゃないですよ。びっくりしましたよ。本当に。まず驚きましたね。この結果はね。こういう格好で、いわゆる子宮頸がんワクチンを打ったか打たないかで、今の数字で言うと、影響がないというふうに見られる数字が出たというのは。何でかというと、エイズやサリドマイドで、そちら側の話を今までずっと国会の中でやってきましたので。薬害という方でね。」
薬害だと思って大規模調査を行ったら、むしろ関連性の無さが証明されてしまったのでした。
消された速報結果
しかし、その後、奇妙なことにこの「速報」は2016年6月18日に突然名古屋市のウェブサイトから削除されます。
代わりに、集計結果という生データをPDF形式で公開されたのでした。
そして名古屋市は、調査委託を行った鈴木貞夫教授が、委託とは別のところで論文という形で発表しようとしたところ、難色を示したということでした。
ようやく世に出た「名古屋スタディ」
こうした経緯を経て、ようやく鈴木貞夫教授の論文が国際ジャーナルに掲載されることが決まり、掲載予定の原稿が公開されました。
それが
( 日本の若年女性におけるワクチン接種後の症状はHPVワクチンとの関連性なし:名古屋スタディの成果 )
です。
詳細は英文をお読み頂けたらと思いますが、要点だけ申し上げると、
・HPVワクチン接種および報告されたワクチン接種後の症状に関する大規模な疫学的研究が行われた。
・年齢調整された分析では、HPVワクチンと24の報告された症状の発生との間に有意な関連性は見出されなかった。*
・いくつかの症状について受診が増加した点について、両者の間に生物学的な関連性はほとんどない。
ということでした。
今後望まれること
このような信頼性に足る、国内での大規模調査の結果が出たことを踏まえ、まず薬害騒ぎを起こしたマスメディアは、きちんと名古屋スタディについて報道すべきです。
また、自ら薬害騒ぎを起こしてしまったことを真摯に反省し、検証の記事や番組を放送していくべきでしょう。
さらに厚生労働省は、名古屋スタディのエビデンスをもとに専門家による有識者会議を開き、HPVワクチンの積極的な推奨再開を決定するべきです。
加えて、副反応とされている症状が出ている方々には、ワクチン由来ではなかったにせよ、なんらかの必要な医療が受けられるようにしていくのが良いと思います。
先進国において、日本だけが子宮頸がんの死亡率が増加しています。
また、肝臓がん、胃がん、大腸がん、肺がん、乳がんの5大がんが減少しているのに比べ、子宮頸がんのみが今後も死亡率の増加が予測されています。
この状況を、一刻も早く好転させるために、世論を盛り上げ、政策的な意思決定を後押ししていかねばなりません。
私たちの妻や姉、妹、娘たち、全ての愛しい女性たちの命を救うために。
*追記1
現在、政府による積極的推奨は中止していますが、定期接種であることには変わりがなく、自ら役所で予診票をもらえば指定医療機関での無料接種は受けられます。
*追記2
本記事は医療情報を含むため、ナビタスクリニックの久住英二医師、丸の内の森レディースクリニックの宋美玄医師に監修頂きました。
*追記3
内容の詳細は原文を読んで頂くと良いですが、少しだけ詳細に触れると、「副作用の症状の発現にはワクチンを接種した人としていない人で差が無かったものの、月経出血、月経不順、ひどい頭痛のための病院受診(症状には差が無いが病院受診率に差があり)、そして慢性的な月経出血が、ワクチン接種した人の方が多いという結果」でした。
*参考文献『10万個の子宮』
編集部より:この記事は、認定NPO法人フローレンス代表理事、駒崎弘樹氏のブログ 2018年3月1日の投稿を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は駒崎弘樹BLOGをご覧ください。