私は先頃、「小さくても勝てます」(ダイヤモンド社刊)という本を上梓しました。
西新宿の実在のりよう室ZANGIRIを実際に経営指導して成功させ、その経緯をベースに経営理論啓蒙エンターテイメントビジネス小説です。りよう室ZANGIRIの成功ぶりは2018年3月1日発売の「商業界」(4月号)にも報じられ、表紙にもなりました。
私は映画監督ですが、経済学と経営管理を学部と大学院で学んだ変わり種で、経済学や経営管理に興味を持ってもらえるような物語を作りたいとずっと考えていました。
そんな時、世界的に著名な経営コンサルタント、当時マッキンゼーの大前研一さんが名著と言われる「企業参謀」に、日本の理容室を付加価値連の例として取り上げて「髪を切るだけで十分、もっと安くなる」というようなことを書かれていました。
実際に1000円の理容室が現れ、理容業界が価格競争、デフレの波に飲み込まれていったという事実を思い出し、「挑戦してみようか」とたまたま出会った西新宿の二代目理容師を助ければ人も注目する物語が紡げるのではないかと10年かけて事実を確立してから執筆に取り掛かりました。
事実ベースですがフィクショナルな話です。しかし、経営戦略をかじったことのある人なら、大前研一さんの「企業参謀」ではないかと想像されると思います。
しかし、この事実をもって、大前研一さんやマッキンゼーが仕事の品質を批判されるのはフェアではなく申し訳ない側面もあるなと感じ、私なりの考察を書きたいと思います。
大前研一さんの「企業参謀」は1975年に出版された43年も前の本で、前提となる社会環境が全く異なるということを最初に申し上げたいと思います。
インターネットイヤーと言われるのは1995年ですから、その20年前に出版されているのです。私がアドバイスしたマーケティングのテクニックはインターネットがあってこそのものが多数ありますので、当時には不可能なものばかりでした。
この原稿を書いている2018年初頭は、国家に発行されない仮想通貨がインターネット上に生まれ、隆盛した後、ひどく値段を下げたタイミングですが、「見えない大陸(Invisible continent)」の到来を、2001年出版の「新資本論」で大前研一さんも紹介されていますようにインターネットによる情報革命というものが凄まじい勢いで社会を変貌させた40年間だったのです。
また、日本の消費者も随分変わりました。日本はバブルを経験し、その崩壊から、低成長の時代、グローバルエコノミーの時代、リーマンショックと経済環境がめまぐるしく変わりました。
以前はよりスペックが上位のノートブックコンピューターを買っておこうという気持ちが強かったのですが、今はそうは思いません。スマホにしても「まあ、最新のものでなくても十分かな」と思うようになったのです。
そのような環境ですから、少しゆとりのある人はサービスにお金をかけるようになったのではないかと思います。観光などもその良い例だと思いますが、そのような社会にうまく適応し、お客さんに可愛がってもらえるようになったのが、私が応援した西新宿のりよう室ZANGIRIだったのではないかと思います。
この変遷を振り返って思いますのは、技術というものは社会を根本的に変える、消費者の心理をも変えていくということ、経済や経営というものは非常にダイナミックなものでホリスティックに全体から考えなければならにものであるなということです。
さかはらあつし 1966年生まれ、京都大学経済学部卒、電通を経て、カリフォルニア大バークレー校にてMBA取得後、シリコンバレーのベンチャー企業に。その時、MBA時代に参加した映画がカンヌ映画祭短編部門でパルムドール賞受賞、帰国。経営コンサルタント、作家、映画監督、近刊に「小さくても勝てます」(ダイヤモンド社)。公式サイト。