厳戒水域を進むマネー膨張
日本経済新聞は「日刊マネー新聞」、「日本証券新聞」といわれるほど、マネー市場と不可分の新聞です。5年前に安倍政権と黒田総裁の連携による異次元緩和が始まると、株価も上がり、日経はアベノミクスに大きな期待をかけてきました。
それがどうでしょう。金融政策への過度の依存、バブルの発生、米国などにおける景気過熱に異常なほど、日経は神経質になっています。大きな署名入りの解説コラム、大特集を頻繁に掲載し、警戒警報を鳴らしています。新聞社の中でバブル崩壊を最も恐れているのは、経営上も直撃を受ける日経です。
私が「日経の論調が様変わりになった」と感じだしたのは、昨年後半からです。マネー市場のご機嫌を損ねないことを第一の流儀としてきたのに、金融財政政策当局、市場関係者に危機感をあらわに伝え始めたのです。記者が個別に危機を訴えているというより、新聞社の編集方針として警鐘を鳴らすことにしたのでしょう。
日本のバブル景気の崩壊(1989年)の時は、バブルを実力と錯覚する見方が根強く、日本全体に警戒感が弱かったですね。リーマン・ショックによる国際金融危機(2008年)の時は、発生源が米国であったためか、危機の大きさに震え上がったのは、しばらくしてからです。
脆弱性はリーマン危機以上
それに比べ、今回はどうでしょう。昨年11月21日、欧州中央銀行の前総裁だったトリシェ氏がインタビュー記事で登場しました。「超金融緩和を永遠には続けられない。GDPに対する世界の債務比率は、07年は275%に増加していた。危機後のこの比率は下がるどころか増え続け、現在300%。脆弱性は当時以上だといえる」。率直な指摘です。
バブルを厳戒する記事が最近、どんどん増えています。「揺れる世界の株式市場、潜む火種。緩和10年でリスク蓄積」(1面トップの解説雑報、3月4日)の見出しで、「かつてないほど資産が膨張してきた分、その反動の大きさは計り知れない」、「あくなき利回り追求であらゆる資産が割高になった」と、直截的な表現です。
オピニオン欄では、2月14日、全4段、ぶち抜きの署名入りの大解説です。「またFRB(米連邦準備制度理事会)に頼るのか。危機⇒金融緩和⇒バブルの生成と崩壊。この循環を繰り返すうちに中央銀行頼みの風潮が染みついた」。危機救済のために、供給されたマネーが新たなバブルを生みだす、との指摘です。
2月16日には、同じく全4段、やはり署名入りの「モルヒネ経済、険しき退路」と、矢継ぎ早の警告です。「日本が一番重症。金融緩和をやめたとたんにアウトだ」との識者の声を紹介しながら、記者は「日本は5年にわたり拡張型の政策を続けた結果、モルヒネ経済の呪縛にはまってしまった」と、厳しく批判します。
黒田日銀総裁の再任案が国会に提示されると、一面トップの解説雑報で「緩和の出口を封じた首相。副総裁にリフレ派(異次元緩和派)。増税にらみ歳出拡大の構想」(2月17日)と、首相の人事に批判的なスタンスです。
連日のキャンペーンの意味
これらは日経の警告記事の一端にしかすぎません。日経は金融財政政策の行き過ぎやバブルの生成を黙認する傾向がありました。本質的に日経がマネー新聞だからでしょう。気づくのが遅すぎたとはいえ、過去の反省の上にたって、連日のキャンペーンを展開しているのでしょう。
日銀のトップクラスを務めたOBとの意見交換のなかで、「バブルがはじける時期は予想し難いとしても、どの程度の震度となるか」がテーマになりました。「リーマンショック以上の規模となりかねない」という返事です。
「バブルのすそ野が広がっている」、「各国は国債を出しまくって、マネーを供出してきた」、「中央銀行も目いっぱい、緩和を続けた」、「住宅ローンも積みあがっている。日本はマンションバブル」、「銀行も株を大量に買っている」、「中印その他の新興国からマネーが流出を始めた」。などなど。
最後に。黒田総裁は19年に出口(異次元緩和の方向転換)を匂わせました。出口にたどりついたところで、それは異常な金融財政政策から抜け出るための入口にすぎません。出口と名ばかりで、延々と続く長いトンネルの入口にすぎないのです。
編集部より:このブログは「新聞記者OBが書くニュース物語 中村仁のブログ」2018年3月5日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は、中村氏のブログをご覧ください。