コーンNEC委員長が辞任へ、後任候補の顔ぶれは?

「どんなビジネスに携わっていようが、リスク管理に投資しなければ、それは危険なビジネスとなる(If you don’t invest in risk management, it doesn’t matter what business you’re in, it’s a risky business.)」

この言葉を発したのは、誰あろう3月6日に国家経済会議(NEC)委員長を辞任したゲイリー・コーン氏です。

同氏の辞任は、2017年8月に発生したバージジニア州シャーロッツビルでの白人至上主義者と反対派との衝突で取り沙汰され、税制改革法案が成立した年末にも囁かれていました。あれから約7ヵ月。トランプ大統領が3月1日、鉄鋼に25%、アルミに10%の追加関税を賦課すると発表し、グローバリストのコーン氏に離職を決意させたとされていますが、ロブ・ポーター前秘書官の元妻虐待疑惑まで浮上するなか、筆者にしてみれば、よくぞここまで残ったという印象です。そもそも、ティラーソン国務長官が音頭を取りムニューシン財務長官、マティス国防長官の3人が合意したとされる「決死隊(suicide squad)」にも加わっていませんでしたよね。辞任する時は一斉にという、運命共同体の血判です。

ダウ先物はコーン氏辞任のニュースに反応、NY時間6日の時間外取引で一時は400p以上も急落しました。コーン氏と言えばゴールドマン・サックス出身で、ウォール・ストリートとの太いパイプで知られるだけに、政権が規制緩和を着々と進めるなか金融業界の理解者を失うリスクに警戒したと言えそうです。

問題は後任者ですよね。最右翼であり、CNBCで看板番組を持つラリー・カドロー氏ならば米株安が収束する可能性を残します。カドロー氏の決め台詞といえば「自由市場の資本主義こそ、繁栄へ繋がる最善の道筋だ(free market capitalism is the best path to prosperity)」。小さな政府を目指し、キャピタルゲイン税や相続税に反対し、従業員の年金は自己責任の立場を取ります。かつて民主党陣営でクリントン元大統領の若かりし頃に共に働いていたとは思えません。

ロチェスター大学で歴史を先行した後、プリンストン大学院で政治学と経済を専攻したものの、中途退学しました。NY連銀にて博士号なしで着任できるジュニア・エコノミストとしてオペに従事したほか、レーガン政権で行政管理予算局(OMB)経済部門の副部長、ベア・スターンズでの首席エコノミスト、フレディマックでは諮問委員会の委員などを歴任。コカインとアルコールの中毒を克服し、ユダヤ教徒からカソリック教徒に改宗した経歴を持ちます。現在70歳、トランプ大統領より1つ年下です。

カドロー氏、コーン氏に辞任を思いとどまるよう説得したとか。


(出所:Twitter

逆にその他の候補に挙がる面々であれば、米株安継続のリスクが点灯します。候補の1人ジェイソン・ミラー氏はトランプ陣営の選挙スタッフで、コミュニケーション担当ストラテジスト。母校のジョージワシントン大学でも専攻は政治学です。ダレル・アイサ下院議員(共、カリフォルニア州)やリック・ケラー元下院議員(共、フロリダ州)選挙スタッフとして頭角を現していきました。

もう一人はデビッド・アーバン氏で、彼も2016年大統領選の選挙スタッフでした。アメフト選手としての能力を買われハーバード大学からお声が掛かったものの、ウェスト・ポイントへ進みます。その後、ペンシルベニア大学で行政学の修士、テンプル大学で法学士を取得。1986~91年には陸軍に所属し、湾岸戦争に従軍しました。退役後、法律事務所での勤務を経て、アーレン・スペクター上院議員(共、ペンシルベニア州)の下で首席補佐官を務め、ロビイストへ転身していきます。

つまり、両者は経済・金融の専門家ではないのです。

最右翼とされるカドロー氏は、コーン氏の辞任を受け後任を見極める必要があると指摘しつつ、通商政策が「悪化する(turn for the worse)」リスクに言及。トランプ大統領の追加関税案にも、「大参事を招く」と切り捨てたものです。しかし、関税そのものを否定していない点は重要。同氏は貿易相手国全体への関税賦課ではなく、一部の国で過剰生産される製品など「照準を置いた関税」を課すべきと主張しています。特に中国には厳しい姿勢を採り、コーン氏辞任報道後に「地図の先を見なければならない・・・中国だ。照準を当てた関税は交渉を促すと考え、私なら中国に狙いを定めただろう。カナダではない」と発言。政権内に同様の考えを持つ関係者が存在するとも語りました。ちなみにカドロー氏は、トランプ大統領ともよく会話するようで、減税と規制緩和に助言してきたと自負します。ただし、通商政策では自身の見解が受け入れられたことはないとも述べていました。カドロー氏がNEC委員長の椅子に座ったとしても、通商政策に深く関与する可能性は低いと言えるでしょう。

そうなると、俄然注目されるのがピーター・ナバロ通商製造業政策局長です。政権発足当時はトランプ大統領が新設した国家通商会議の議長でした。そして、今回の関税賦課の青写真を描いた人物と目されています。ただ、ナバロ氏がNEC委員長に格上げされれば、米株安の引き金を引くこと必至で、トランプ大統領がそれを望むとは到底思えません。

誰がNEC委員長の空席を埋めるにしても、コーン氏ほどリスク管理の重要性を最も理解する人物かは未知数。せめて米国の政策が世界のビジネスにリスクをもたらさないよう、配慮できる人物であってほしいですね。

(カバー写真:Fortune Conferences/Flickr)


編集部より:この記事は安田佐和子氏のブログ「MY BIG APPLE – NEW YORK -」2018年3月7日の記事より転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はMY BIG APPLE – NEW YORK –をご覧ください。