一夜にしてひっくり返された糖質制限の万能説

黒坂 岳央

こんにちは!肥後庵の黒坂です。

3月15日付の日本農業新聞でどでかいニュースが飛び込んできました。「ご飯やうどんなどの糖質制限をすることで、60代後半以降で老化が顕著になる」という東北大学大学院が発表したというのです。

この記事のリリースを受け、ネット上は大変な盛り上がりを見せています。これまで「糖質制限こそが、老化を防止して理想的な体系を維持できる魔法のような食事法だ」と言わんばかりに、様々な書籍や記事が出ていましたが、その定説がひっくり返すような発表です。

今回、感じたことをお話ししたいと思います。

マウスを使用した実験結果の信頼性

報道されたのはマウスを使った食実験です。

マウスに日本人の一般的な食事に相当する餌を与えた場合と、糖質制限食を与えた場合を比較した。

一般的な食事を与えたマウスは多くが平均寿命よりも長生きしたが、糖質制限食では平均寿命まで生きられなかった個体が多かった。死んだ個体は平均寿命より20~25%ほど短命だった。また、糖質制限の個体は見た目も同齢の一般食の個体と比べて背骨の曲がりや脱毛などがひどく、老化の進度が30%速かった。

引用元:日本農業新聞「ご飯、うどん・・・ 炭水化物減らすダイエット 60代後半で老化顕著に 糖質制限ご用心」

ということで、一般的な食事を与えられたマウスと、糖質制限食を与えられたマウスでは、後者の方が寿命も短く、老化も早かったとあります。

これをみて「うわ、怖い!糖質制限食は危険だ!」と脊髄反射的に考える前に、どうか冷静になって下さい。こうした実験の多くは結果の違いを明確に出すため、極端に糖質制限をしたものと考えられます。また、炭水化物はご飯やうどん以外にもあらゆる食物に含まれていますから、一般的な人が今回のマウス実験の時ほど極端な糖質カットをした食生活を送ることはあまり現実的ではないと思います。ですので、この実験結果が、そのまま糖質制限ダイエットをしている人間に当てはまるとは言い切れません。

しかし、そうはいっても過剰な糖質制限ダイエットに励んでいる人にとっては、無視できる話でもないようです。今回の発表を読んだ私は「マウス実験の結果を人間に置き換えて考えても良いのだろうか?」と疑問が湧いたので調査してみました。こうした実験で使用するマウスは高度に管理されており、そこらにいるネズミなどではないのです。ネズミの遺伝子は90%以上が人と共通なので、同じことを人にやると近い結果が得られるということです。

結論的には、人が糖質制限マウスとまったく同じ食生活をすると、マウスと同様に短命で老化が早まる可能性が高そうだということです。

定説はいつの時代もひっくり返されるもの

より厳密で詳しい話は栄養学や医学の専門家にお任せするとして、私から言えることがあるとすれば、「定説はいつの時代もひっくり返されることを理解しておく」ということでしょうか。

ポリフェノールが健康に良いと言われて、赤ワインがめちゃめちゃ売れたと思ったら「アルコールの害の方が、ポリフェノール摂取効果より大きい」と言う話が出てきて赤ワイン健康ブームの盛り上がりはどこかへいってしまいました。また、牛乳はカルシウムが豊富!というお話も、「飲みすぎて骨粗鬆症」という真逆の話が出てきたりしており、最近は牛乳の健康効果を疑問視して子供に飲ませるのを躊躇している人も多くいるようです。

定説がひっくり返るのは食事だけではありません。筋肉隆々でかっこいいイメージのティラノサウルスは、実はどちらかといえば鳥の見てくれに近くてフサフサの毛で覆われていたとか、二酸化炭素は地球温暖化の原因ではなかったとか、うさぎ跳びはめちゃめちゃ健康に悪いとか、マイナスイオン効果なんて全くなかった。こうした話は枚挙にいとまがありません(最終的に何が正しいのかははっきり分からないものもありますが…)。

このように科学技術や歴史の世界でも、それまでは「絶対に正しい」と思われていたことが、後からひっくり返されてしまうことがいくらでもあるのです。百歩譲って歴史は間違っていても、個々人に大きなダメージはないでしょう。しかし、これが食事とか健康となるとこれがシャレになりません。今回の糖質制限食も、「これこそが最先端で医学的に効果が証明された最高の食事だ!」と思って取り組んでいた人にとっては冷水を浴びせられたように感じたのではないでしょうか。

結局、糖質制限は良いのか?悪いのか?

今回、大きな話題を呼んだ記事を読んだ人が知りたいと思ったことは「結局、糖質制限は良いのか?悪いのか?」という結論でしょう。

この問いに対する答えは、すぐに出てくるものではないと思います。実験結果はマウスを使ったものであって、人体実験ではありませんし、そもそも糖質制限食がブームになったのがごく最近のことですので、信頼のおける結論が出るのはまだ先になるでしょう。

「なんだよ、結局分からないのか!?」と思われたかもしれませんね。分からないからこそ、一つ確実なことが言えます。それは、「食事は極端に走らない方がいい」ということです。

今回のようにブームになった糖質制限ダイエットも、それまで日本人が長い歴史の中でおいしく食べてきたご飯やうどんをバッサリカットしてしまうのは考えものです。一時は痩せても、その後に病気や短命になってしまっては元も子もありません。私はフルーツビジネスを営んでいる立場から、フルーツの素晴らしさをあちこちで説いているのですが、それでも「健康のためには、3食全部フルーツを食べなさい」、みたいな極端なことは決して言うつもりはありません。どんなに健康的なものでも、極端に食べ過ぎる、制限しすぎることは返って毒になるということです。今はOKと言われていても、ある日突然に「実は間違えていました」と定説が覆る可能性があるのですから。

人の体は複雑系です。いつの時代も色んな食材をバランスよく、そして何よりおいしく食べるという事に勝る健康法はないと思います。

ビジネスジャーナリスト
シカゴの大学へ留学し会計学を学ぶ。大学卒業後、ブルームバーグLP、セブン&アイ、コカ・コーラボトラーズジャパン勤務を経て独立。フルーツギフトのビジネスに乗り出し、「高級フルーツギフト水菓子 肥後庵」を運営。経営者や医師などエグゼクティブの顧客にも利用されている。本業の傍ら、ビジネスジャーナリストとしても情報発信中。