バチカンのレター・ゲート事件

ローマ・カトリック教会総本山バチカン法王庁広報事務局のダリオ・ビガノ長官(55)が21日、引責辞任した。以下、イタリアのメディアで“レター・ゲート事件”と呼ばれている不祥事を読者に報告する。

▲引責辞任したバチカン広報事務局のビガノ長官(バチカン・ニュース電子版から)

ローマ法王フランシスコの就任5周年を記念して先日、フランシスコ法王の神学に関する11巻の著書が発表された。それに先立ち、ビガノ長官はその前文を前法王ベネディクト16世に依頼したが、同16世はビガノ長官宛ての返信でフランシスコ法王に関する著書出版を「素晴らしいプロジェクトだ」と称賛する一方、「申し訳ないが、健康が許さなく、11巻の著書を時間内に読むことは難しい」と述べている。

著書の記念発表会がきた。ビガノ長官は、近代法王の中でも神学の権威者と呼ばれているベネディクト16世からの手紙を持ち出し、「素晴らしいプロジェクトだ。フランシスコ法王は神学的、哲学的素養のある法王だ」と称賛した手紙の部分を朗読した。
問題は、「健康上の理由で11巻を読めない」と述べたベネディクト16世の手紙の部分や「なぜ反法王のドイツ神学者がプロジェクトに関与しているのかね」と著者の選抜で問題を指摘した箇所にはまったく言及しなかったことだ。
そして記念発表会ではベネディクト16世の手紙のコピーがメディア関係者に配布されたが、手紙の他の部分は読めないように処理されていた。バチカン担当ジャーナリストからは「典型的な情報操作だ」という批判の声が出たのは当然だ。それに対し、ビガノ長官は後日、「手紙は個人宛に書かれたものだから、全内容を公表できないと考えた」と説明している。

バチカン広報事務局は2015年6月、フランシスコ法王がメディア改革のために新設した機関で600人を超える職員が勤務している。バチカンでは最大規模の機関だ。ビガノ長官はバチカンのメディア改革の総責任者だった。その長官がフランシスコ法王就任5周年記念著書発表会で躓いたわけだ。

ビガノ長官は著書発表会ではフランシスコ法王を称賛したいという忠誠心からベネディクト16世の手紙の中の不都合な箇所を判読できないようにデジタル操作したのだろう。引責辞任する必要があったかどうかは微妙なところだが、バチカンにとってはシリアスだった。フランシスコ法王は今年に入り、フェイク情報が世界に席巻していると警告を発したばかりだ。そのバチカンのお膝元でそれもメディア改革を担当する総責任者が意図的に情報を操作したと思われる行為をしたのだ。バチカンとしても看過できなくなったわけだ。

ビガノ長官は辞任願いをフランシス法王に提出し、法王は即受理し、アンドリアン・ルイス・ルシオ次官を暫定的に長官とする人事を発表している。フランシスコ法王にとっても黙認できないと受け取られたのだろう。以上、バチカンのレター・ゲート事件だ。

ビガノ長官は嘘をいったのではない。事実を公表したが、都合のいい事実だけで、悪い事実を隠蔽したのだ。ある意味で、嘘よりも狡猾だ。これがレター・ゲート事件の教訓だろう。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2018年3月23日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。