会社は顧客や株主のものではない。社員の幸福のためにある

尾藤 克之

写真は書籍書影

会社経営における戦略とは、自社が進むべき方向を策定する重要な指針として考えられている。戦略は極めて広範囲な理論でもあり経営戦略、事業戦略、機能戦略を定義し、それぞれの役割と機能を明確化すべきとされている。しかし、時代によって解釈が異なることから、戦略の意味を根本的に取り違えている専門家も少なくない。

従来、戦略は戦略策定の手法を網羅的に説明しているものが多かった。戦略論を理解しても、実際のケースがなければイメージがわかない。フレームワークの種類やおおよそを理解しても具体的に腹落ちしなければ使えない。

今回は、『日本でいちばん大切にしたい会社6』(あさ出版)を紹介したい。著者は、経営学者の坂本光司さん。法政大学大学院政策創造研究科教授、同大学院中小会社研究所長、人を大切にする経営学会会長。他に経済産業省やJICA等、国や自治体、団体の委員多数をつとめる。専門は中小会社経営論、地域経済論、障がい者雇用論。

10年前、本シリーズの第1作が発刊された。テレビ、ラジオ、新聞各紙、経済誌で「泣けるビジネス書」として話題になる。当時、私は経営系の学会に入会しており、学会発表を目指して論文執筆に追われていた。その際、ある教員から渡されたのが本書になる。

理論を理解するだけでは意味がない

ここで、簡単に戦略の系譜をまとめる。「戦略」を、一般的にしたのがクラウゼヴィッツの「戦争論」になる。その後、戦略論は深化し、1962年チャンドラーの「構造は戦略に従う」に影響された会社が「事業部制組織」に転換する。同時期に、アンドフが相反する「事業拡大マトリクス」を提唱し、この頃から戦略に注目が集まるようになる。

80年代、ポーターによって「競争の戦略」が提唱される。米国を中心に瞬く間にベストセラーとなり、MBAコースでは定番となる。一方、日本では、組織行動をベースにしたコア・コンピタンスや、経営資源を活用することに主眼が置かれていた、リソース・ベースト・ビュー(Resource-Based View)が主流であった。

新しい理論が提唱されると、会社がそれに飛びつく。本来は一面的ではなく多面的な物差しで態様を把握することが理想である。しかし、戦略論を重視している経営者ほど、新しい理論に振り回される。当時、私は、戦略は理論的で新しくなければならないと思っていた。学会の分科会などに参加すると、聞きなれない言葉が飛び交っていた。

しかし、理論で会社がよくなるわけがない。戦略担当者は最先端のミッション・ビジョンを策定し、紙面上でも完ぺきな整合性による落とし込みがおこなわれる。しかし、最先端のミッション・ビジョンを策定しても社員の腹に落ちなければ意味が無い。そのため、一般的に理解しやすいケーススタディの存在が求められていたのである。

著者が一貫して伝えたい要点がある

会社における事業の最大の目的は?と聞かれれば、「利益の追求」と多くの経営者は答える。私は、「利益は会社の目的ではない」と考えている。事業における効果や手順ではなく、有効であるかの適切性、つまりは妥当性であると考えている。妥当性があれば利益が上がり、妥当性がなければ利益が下がる。この妥当性とは社会からの評価である。

では、社員のなかで「会社の利益のために仕事をしている」と明確に答える人はどの程度いるのか。おそらく、「顧客のため」「社会のため」「家族のため」「自分のため」と答えるだろう。「利益を追求すること」が目的となれば批判は避けられなくなるからである。

実は、一貫して、筆者も同じことを詳細に説明されている。「株主を幸せにする」という言葉がある。多くの経営書では「会社は株主のものである」と書いている。 また、「会社は誰のものか」という議論では「株主のもの」という考えが支配的で、 経営の目的も「顧客満足」とか「株主価値の最大化」などということが当然のようにいわれている。

しかし筆者は、みんな勘違いしている、と喝破する。会社は顧客のためのものでも、まして株主のためのものでもないと。 社員が喜びを感じ、幸福になれて初めて顧客に喜びを提供することができる。 顧客に喜びを提供できて初めて収益が上がり、株主を幸福にすることができる。 だから株主の幸せは目的ではなく結果である。

経営とは青い理想論ではないのか

この10年の間に、リーマンショックがあり、粉飾、偽装、改ざんなど、経営責任が問われる事案が表面化してきた。これを目の当たりにすることで、「社員とその家族を大切にする」「人々が喜んでくれるような、世の中の役に立てる会社を経営していく」ことの重要性を改めて認識することができる。

働くことの意味、会社という存在の意味を改めて考えてみたい。本書のことを「青い理想論」という人もいるだろう。私はそれを否定しない。しかし、経営とは「青い理想論」をカタチにするものではないのか。各シリーズで紹介されている、「日本でいちばん大切にしたい会社」のケースは、多くの働く人にとってのバイブルである。

尾藤克之
コラムニスト