金正恩氏が考える「非核化」構想とは

長谷川 良

南北首脳会談が27日、軍事境界線の板門店の韓国側施設「平和の家」で開かれ、既に報じられているように朝鮮半島の完全な非核化を実施する決意などが明記された共同宣言「板門店宣言」が金正恩朝鮮労働党委員長と韓国の文在寅大統領の間で署名され、公表された。

▲朝鮮半島の非核化について話し合う金正恩委員長と文在寅大統領(南北首脳会談プレスセンター提供)

第3回「南北首脳会談」全般に対する評価は概ね好意的に受け取られているが、肝心の「非核化」問題については「具体的な言及が乏しい」といった批判にさらされている。しかし、冷静に考えれば、1日の南北首脳会談で朝鮮半島の非核化について詳細なロードマップが提出されると期待し、予想した人がいるとすれば、失望するのは当たり前だ。朝鮮半島の行方は過去も現在も韓国と北朝鮮の2国で決定できる問題ではないからだ。
米国、中国などの周辺国家の関与がなくして、朝鮮半島の如何なる問題も実質的な解決は期待できない。民族の自主性、独立性を謳った「主体思想」を標榜する北朝鮮にとっても同じだ。その地理的、軍事的、戦略的な状況を嘆くことはできても、置かれた宿命は変わらないだろう。

朝鮮半島の非核化は数週間後に開催予定の米朝首脳会談のアジェンダであって、文大統領がどんなに関与したとしても、その影響は限られている。南北首脳会談は米朝首脳会談に向け、南北間の融和ムードを最大限発信できれば、成功というべきだった。その点からいえば、今回ホスト国だった韓国の文大統領は最善を尽くし、成功した。

懸念される点は、金正恩氏が南北首脳会談で発信した融和ムードをトランプ米大統領にまで感染させ、北誘導の非核化を実現しようと考え出すことだ。前座の南北首脳会談の内容を本番の米朝首脳会談にまで波及させようというのだ。安倍晋三首相が繰り返し、「核・ミサイルの完全で検証可能で不可逆的な破棄」を主張する理由もその点にある。

金正恩氏の非核化構想については、このコラムラで数回書いてきた。①「『北』の非核化か『朝鮮半島』の非核化か」2018年3月26日、②「北は“リビア方式”の非核化を拒否」2018年4月2日、そして③「非核化の“どの工程”から制裁解除?」4月22日の3本のコラムで詳細に述べたので、関心のある読者は再読をお願いする。

韓国大統領府は29日、金正恩氏は首脳会談で5月中に北部豊渓里の核実験場を破棄し、それを世界に公表する意思を表明したと発表した。北側が非核化の具体的な実証作業に乗り出したと評価する声が聞かれるが、核実験場の破棄は核兵器の破棄とは違う。このシンプルな事実を忘れてはならない。

ここにきて新たな展開が見られる。金正恩氏が巨額な資金を必要とする核開発計画を本当に中止するかもしれないのだ。もちろん、既に製造した大量破壊兵器の完全破棄ではない。今後、新たに開発しないという意味だ。
モラトリアム(凍結)とは違うのは、①核実験所を破棄、②核兵器製造用の濃縮ウランやプルトニウムを生産しない、③国際原子力機関(IAEA)の査察を受け、検証させることだ。
ただし、恒常的な電力不足に悩む北は、核エネルギーの平和利用は堅持する。その意味で、IAEAとの間で締結するセーフガード(保障措置)下で寧辺核関連施設の活動は続ける。ただ、核エネルギーを軍事移転はせず、平和利用するだけだ。簡単にいえば、軍事関連の核活動(前者)は中止し、関連施設を破棄し、核エネルギーの平和利用(後者)はIAEAの監視下で継続するというわけだ。

金正恩氏は上記の「非核化」構想をどこから手に入れたのだろうか。ジョージ・W・ブッシュ大統領時代の米国務長官だったコリン・パウエル氏はメディアとのインタビューの中で、「使用できない武器をいくら保有していても意味がない」と述べ、大量破壊兵器の核兵器を「もはや価値のない武器」と言い切ったことがある。金正恩氏はパウエル氏の発言から上記の非核化構想を考え出したのではないか。

「もはや価値のない武器」を手に入れるために依然、かなりの国が密かに製造を目指し、ノウハウを入手するために躍起となっている。北もその一国だった。しかし、北は初歩的な段階といっても既に6回の核実験を実施した。ノウハウだけではなく、北の軍事基地には数基の核兵器が保管されている。核搭載可能な大陸弾道ミサイルはまだ未完成としても、ミサイルに搭載できる核兵器はあるという事実は大きい。

まとめると、金正恩氏は既製の核兵器は保管する一方、その大量破壊兵器を開発製造する意思を放棄するというのだ。これこそ金正恩氏がトランプ大統領に提示する非核化構想ではないか。金正恩氏が譲歩する考えがない点は製造した核兵器の即放棄だ。「使用できない核兵器」をただ保管することで、「北の金王朝の体制保持の保証」を勝ち取るというのだ。金正恩氏はトランプ氏との首脳会談で北側のセールスポイントを強調するだろう。

問題は、トランプ氏が“厳重な検証体制下ならば”という条件付きで北のセールスポイントに同意する可能性が考えられることだ。既成の北製核兵器は米国の安全には全く脅威とならない。その上、北はこれ以上製造しないと宣言し、IAEAの厳格な検証体制(追加議定書の履行)を受け入れる用意がある。トランプ氏は北の非核化でそれ以上要求するだろうか。

トランプ氏が北の提案を渋った場合、金正恩氏は保管している核兵器を「10年先を目指して」破棄すると約束するかもしれない。もちろん、10年先の約束など誰も信じないが、今年11月に中間選挙を控えているトランプ氏は案外、北側の譲歩として歓迎するかもしれない。

ちなみに、金正恩氏の非核化構想で唯一、頭を抱えるのは日本だろう。初歩的とはいえ、既に数基の核兵器を保管している北朝鮮が存在するのだ。一方、韓国は、北に核兵器が存在することは不愉快かも知れないが、将来の南北再統一という長期的視点から考えるならば、悪くないシナリオと考え出しても不思議ではない。

米国は北の核兵器への関心を失っていくだろう。米国が米本土に届くことがない北製核兵器のために約2万5000人の兵士を朝鮮半島に駐留させる意義はもはやない。その時、米軍の朝鮮半島からの完全撤退が政治議題として浮上することになるわけだ。

以上。

米朝首脳会談でトランプ氏が金正恩氏の非核化案にどのように対応するだろうか。米朝首脳会談は朝鮮半島の未来ばかりか、日本の行方にも大きな影響を与える歴史的なイベントとなる可能性があるわけだ。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2018年4月30日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。