非核化の“どの工程”から制裁解除?

長谷川 良

北朝鮮の金正恩労働党委員長は20日、朝鮮労働党中央委員会総会で核実験と中長距離弾頭ミサイルの試射中止を表明し、過去6回の核実験を実施してきた北東部、豊渓里の核実験場を廃棄すると述べた。

朝鮮中央通信が配信した上記のニュースが世界に流れると、北の戦略路線の大転換と歓迎する声が支配的だ。

▲朝鮮半島(ジオカタログ株式会社の地図)

▲朝鮮半島(ジオカタログ株式会社の地図)

①韓国大統領府は21日、南北、米朝首脳会談を前にした北の決定に対し、「全世界が願う朝鮮半島の非核化に向けた意味のある進展」と評価する尹永燦国民疎通首席秘書官名義のコメントを出した(韓国聯合ニュース)。

②トランプ米大統領は20日、いつものようにツイッターで「とても素晴らしいニュースだ。大きな前進だ」と発信し、「金正恩氏との首脳会談が楽しみだ」と述べている。

③日本の安倍晋三首相は21日「前向きな動き」と評価する一方、重要な点は「核・ミサイルの完全で検証可能で不可逆的な破棄だ」と前者の2人が言及しなかった点を改めて指摘した。

金正恩氏は南北、米朝首脳会談を控え、北のスタンスを公式の場で表明したが、内容は「核保有国」宣言でもある。総会で採決された決定書には「わが国に対する核の脅威や核による挑発がない限り、核兵器を絶対に使用せず、いかなる場合も核兵器や核技術を移転しない」(聯合ニュース)と明記されている。換言すれば、「わが国は既に核兵器を保有したので、更なる核実験は不必要だ」というわけだ。だから、使い古した核実験場の破棄は特筆すべきことではないのだ。

南北、米朝首脳会談の最大テーマは「北の非核化」だという点をもう一度確認すべきだろう。その両会談前に、金正恩氏は再度「核保有国」宣言を公表したのだ。韓国の文在寅大統領が言うように、幸先のいいスタートではないのだ。

金正恩氏は「北の非核化」交渉を「朝鮮半島の非核化」に絡ませて議論する考えを強く示唆しているのだ(「『北』の非核化か『朝鮮半島』の非核化か」2018年3月26日参考)。同時に、リビア方式の非核化はもはやテーマにはならないことを改めて指摘したのだ(「北は“リビア方式”の非核化を拒否」2018年4月2日参考)。

南北、米朝首脳会談のテーマは(核保有国を宣言する)北にその大量破壊兵器の破棄(北の非核化)を説得することだ。核実験の凍結(モラトリアム)で事が終わるのではない。モラトリアムは「北の非核化」協議に入る入口に過ぎない。文大統領もトランプ大統領もゴールを忘れないで首脳会談に臨んで頂きたい。重箱の隅をつつくようで申し訳ないが、入口で対北制裁の段階的解除云々をテーマとしては絶対ならない。

米朝首脳会談を控え、拘束中の3人の米国人の解放に言及するなど、北はスタートラインで何らかの報酬(対北制裁の解除と経済支援)を得ようと腐心してきた。そこで早急に、北の非核化の工程表を作成すべきだ。そのロード・マップで最も重要な点は、どの工程で対北制裁の解除を開始するかを明確にすることだ。モラトリアムの時でもない。国際原子力機関(IAEA)の検証・査察開始の時でもない。北の核関連活動がもはや軍事転用される危険性がなくなったとIAEA側が報告するまで制裁解除は交渉テーブルに挙げてはならない。

金正恩氏は対北制裁の解除と経済支援を早急に手に入れたければ、その工程プロセスを短縮し、圧縮して実行すればいいだけだ。故金正日総書記時代のように、北がIAEAの査察活動を阻止したり、妨害すれば、その非核化プロセスは長時間となり、北側が報酬を得る日は遠のく。全ては北側の非核化の履行状況にかかっているのだ。北は自身の運命を自分で決定できるのだ。その意味でフェアなディ―ルだ。

金正恩氏はイランの核交渉を思い出すべきだ。2003年から始まった核交渉が2015年7月、核合意が実現するまで13年以上の年数がかかったのだ。

懸念事項は、ゴールに向かって走り出したマラソン選手に声援を送る周辺の応援団だ。特に、融和政策を主張する韓国の文在寅政権や中国は注意が必要だ。金正恩氏が短時間で非核化のゴールを切ることができるように支援すべきだが、ゴールを切る前に支援の手を差し伸べるべきではない。それでは、マラソン選手に不法なドーピング、栄養ドリンクを勧めるコーチと同じだ。

金正恩氏は訪中の際、中国の習近平国家主席に対し、非核化はあくまで「段階的、同時進行」で実施すると、「行動対行動」の原則を強調している。だから、「北の非核化」交渉では、どの段階で対北制裁解除と経済支援が始まるかを、金正恩氏に事前に通達すべきだ。金正恩氏が「それでは遅すぎる」と不満をいうのなら、トランプ氏を平壌に招いて米朝首脳会談を開こうと考えないことだ。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2018年4月22日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。