南北首脳ホットラインは使用不可?

長谷川 良

韓国の文在寅大統領と北朝鮮の金正恩朝鮮労働党委員長のホットライン(直通電話)は先月20日、開通したが、その直通回線は既に盗聴されているらしい。すなわち、文大統領が金正恩氏にどのような話をし、金正恩氏がどのように答えたかといった情報が筒抜けとなる危険性があるというのだ。

▲南北首脳間のホットライン(2018年4月20日、韓国大統領府公式サイトから)

文大統領は今月22日、米国を訪問し、トランプ大統領と首脳会談をするが、文大統領の最大の使命は、トランプ大統領に朝鮮半島の実情と南北首脳会談の内容を報告することではなく、トランプ氏が米朝会談で北の非核化に対してどこまで突っ込んだプランを持っているかをそれとなく聞き出し、帰国後、金正恩氏に報告することにあるというのだ。もちろん、南北間首脳ホットラインを通じてだ。

文大統領は盗聴を恐れている。先月開催された南北首脳会談では文大統領と金正恩氏は約40分間、板門店の「徒歩の橋」のベンチに座り、側近もつけず、2人で会談した。テレビのカメラは遠く離れたところから両者の会談姿を捉えるだけで、マイクがないので会話内容は掴めない。韓国大統領府も北側も両首脳の40分間の会話について公表する予定はない。板門店の「従歩の橋」のひそひそ話は文大統領が提案して実現したが、文大統領には公式の会議場では話せないテーマが少なくともあったことを裏付けている。なお、盗聴への初歩的対応は“場所”を変えることだ。

それでは、どのようにして南北首脳間の直通会話を盗聴できるのか、といった技術的な話はできないが、南北両国が既に盗聴対策に乗り出していることから、第3者による盗聴の危険性は決して空論ではなく、現実問題というわけだ。

南北首脳会談から米朝首脳会談までの期間、朝鮮半島を舞台にさまざまな情報工作が行われるだろう。海上の空母、宇宙の人工衛星を総動員し、近隣地からの通信工作、最後に人的諜報活動まで、さまざま情報工作がこの期間行われるとみていいだろう。

ところで、情報機関の活動といっても「スパイ防止法」すらない日本ではピンとこない面があるだろう。そこで中東を舞台としたイスラエルの情報活動を少し振り返る。

イスラエル諜報特務庁(通称モサド)は今年に入り、5万5000頁、183枚のCD、総重量500キロといわれるイランの核関連機密情報をイランの首都テヘランから入手することに成功している。モサドは、厳重な監視体制下にあったそれらの機密情報を如何に入手できたのか。

イランの核物理学者シャラム・アミリ教授が2016年8月、イラン当局から処刑された。イラン国営通信IRNAは同年8月7日、同国法務省報道官のコメントとして、「シャラム・アミリは米国とつながり、わが国の貴重な情報を敵国に渡した」とし、処刑の理由を説明した。これは、イラン内部から情報が流れたケースを物語っていた。

それだけではない。モサドは過去、数人のイラン核物理学者を殺害している。シャヒード・ベンシュティー大学工学部で核物理学の教鞭を取り、イラン原子力庁のプロジェクトにも関っていたシャハリアリ博士は2010年11月29日、テヘラン北部の爆弾テロ事件で殺された。それに先立ち、同年1月12日には、テヘラン大学の核物理学者マスード・アリモハンマディ教授がオートバイに仕掛けられた高性能爆弾で殺害された。11年7月23日には、テヘランの自宅前で同国の物理学者ダリウシュ・レザイネジャド氏が何者かに暗殺された、といった具合だ。一連のイラン核物理学者の殺害にはモサドの痕跡を感じざるを得ない。(「『イラン核物理学者連続殺人』の謎」2011年9月15日、「イラン核物理学者が処刑された」2016年8月9日参考)。

身近な例をもう一つ挙げる。北朝鮮の欧州唯一の直営銀行「金星銀行」(ゴールデン・スター・バンク)がウィーンで1982年開業された。同銀行は不法武器密輸や核関連機材取引に関与していたが、社会党政権の加護もあって、大きな政治問題とはならなかった。しかし、オーストリアで2000年2月、親米派の国民党主導のシュッセル政権が発足して以来、米国による「金星銀行」壊滅作戦が本格的に始まった。

同銀行は2004年6月末、北側が自主的に営業停止し、銀行の歴史に幕を閉じたことになっているが、「金星銀行」を営業停止に追い込んだのは米国中央情報局(CIA)と米国家安全保障局(NAS)の工作、オーストリアの当時のシュッセル政権の連携によるものだった。

上記の2つの実例から情報機関の活動が“中途半端”なものではないことが分かるはずだ。文大統領と金正恩氏の24時間は既に情報機関の完全な監視下にあるとみて間違いない。南北間に直通電話が設置されたが、南北両首脳は、重要な話の場合はそのホットラインを使用しないだろう。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2018年5月9日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。