悩める銀行員よ、大志を抱け。道はある

酒井 直樹

このところ、銀行の人余りに関する記事が毎日のように新聞やメディアを賑わしています。

例えば今日の日経新聞一面記事。銀行に迫る「不良資産問題」 店舗・設備に減損リスク。余剰人員には触れていないですが。

銀行が持つ1万3000を超える店舗やシステムが経営を揺るがしかねない存在になってきた。収益性が下がって価値が目減りした資産の減損処理を迫られ、赤字に転落する銀行が出てきた。低金利や人口減で収益基盤が細っている上、金融とITを融合したフィンテックの台頭で設備が陳腐化するリスクも高まってきたことが背景にある。

2018年5月19日 日経新聞朝刊

実は、私は、1986年のバブルの夏のリクルート時期に、第一志望でなかったダイアモンドが三つ並んでいる某銀行にほとんど就職を決めていました。六本木のしゃぶしゃぶ屋で拘束(何という典型的なバブル就活)を受けていて、トイレに行ったところ赤電話があって(昭和ですね)そこで第一志望の別セクターの人事に電話したところ「そこを抜けてきてうちにおいで」と言ってくれて、酔っ払ってタクシーでその会社に行って、人事課長と握手して、入社したという黒歴史があります。ですので銀行マンを志していた者として、このような状況に心を痛めています。あの時のリクルーターの方、多分叱られたと思います。本当に申し訳ありませんでした。

確かに、リーマン危機回復以降、特にメガバンクは新卒を採用しすぎました。銀行側も業容の拡大を急ぎましたし、優秀な学生は、メーカーや商社・エネルギー企業などが元気がなかったので、銀行を第一志望とする学生が多かったです。

何故銀行の人材余剰が顕在化したかというと、一般的には二つのことが言われています。一つはマイナス金利の中で利ざやが取れなくなった。もう一つはフィンテックやAIなどドラスティックな省力化の兆しがあることです。

しかし、問題の本質はそこではなくて、日本の銀行特有の丼勘定と、行きすぎたユニバーサルサービス指向です。日本の銀行は、受益者からお金をきちんと回収していません。少し前まではゆうちょ銀行を回って1円貯金を趣味とする人がいました。それを良きこととして受け入れる社会風潮がありました。

銀行は3000円の預金者と一億円を高額預金者を平等に扱います。本当の超大金持ちだけは店舗ではなく外交が出向きますが。このため、ATMや店舗維持費用は高額だったのですが、各銀行一律の定期預金金利の低さで集めて、それで国債を買ってその差益でコストを回収してました。地方銀行ではそれが顕著でした。

日本でも外国でも銀行の顧客には三クラスターが存在します。庶民とそこそこの小金持ちと大金持ちです。庶民はATM使い放題で元が取れています。大金持ちは顧客を個人ごとに管理していて、預金金利なんかも優遇してよしなにやっています。その赤字分を1000万円から3000万円くらいの預金残高を持つ小金持ちの定期預金と国債金利の鞘抜きで相殺していたのがこの50年間のビジネスモデルです。

今、彼らがやるべきことは、あるいはやるべきだったことは、顧客クラスターごとのサービスの切り分けです。ところが彼らは一部の外交担当が付く大金持ちを除いて、あとはブラックボックスです。顧客ごとのプロファイルがほとんどわかっていないというのが私の見立てです。

各顧客別収支管理ができないのが根本的な問題で、マイナス金利はその本質的課題を露呈させた引き金にすぎません。全てのお客様を平等にという美名の下に丼でやってきたことのつけが回ってきたのです。欧米では当たり前の管理会計ができていないのでしょう。Citi Bankを見てください。Citi Singaporeは外国人顧客に2500万円預金入れないと口座を開設させてもらえません。最低金額を下回ると月5000円程度の罰金を取ります。なんと素晴らしいターゲッティングでしょう。日本だと差別だと騒ぎ立てられるでしょうね。

貸す方も、同じです。担保主義の脱却が叫ばれて何十年と経つのに、未だに、担保か固いサラリーマン住宅ローンにしか貸さない担保至上主義で、与信能力はサラ金に圧倒的に劣るのです。そこにマイナス金利で住宅ローンも利ざやがほぼゼロのレッドオーシャンです。しかもサラリーマンの終身雇用幻想が崩れて不良債権頻出。かぼちゃの馬車で揺れるスルガ銀行はたまたまそれをやりすぎただけで銀行員が悪いのではのないです。そういうビジネスモデル自体が持たなくなっているのです。

そこで、金融庁は叫びます。「銀行よ、企業再生=ターンアラウンドのコンサルになれ」と。メガバンクはまだしも、地方銀行にはその能力がありません。

先月私はある東北地方の有力な地銀の企画部の方とお目にかかりました。とにかく驚いたのが彼のプライドの高さです。「我々も、苦しんでいる地元企業を助けてやらんといかんのですよ。これからはターンアラウンドですよ」。なんという上から目線。半端ないプライドの高さにびっくりしました。

ターンアラウンドは土臭い世界です。マクロとミクロを両方知らなければいけません。中小企業の生産ラインに分け入って、一日中埃まみれになって現場・現物・現実を探り信用を探る。半沢直樹のアレですね。経営者や従業員の能力や社風、マネージメントのダイナミクスを感じ取る。どんな中小企業にも派閥抗争やトップと現場の断絶があります。そこを見極められるか。

次にサプライチェーンの構築。日本にはまだまだキラリと光る技術・技能が眠っています。例えば燕三条の銀製品。これを台湾や中国などのインバウンドと結んで製造から販売までの一気通貫の絵を描く。スマイルカーブといって、最上流と最下流しか儲からない、真ん中はレッドオーシャン。だからスマイルカーブを総取りする戦略を描いて、そこに後継者難や販路開拓に悩むいくつかの企業を当てはめていく。

私の知り合いの金融機関は、後継者がいなくて全国展開を図りたい九州のご当地名物の焼き鳥屋と北陸地方の後継者難に悩む食品工場を結びつけ、その焼き鳥をセントラルキッチンで仕込み、全国に搬送、やはり潰れた地方の駅前シャッター通りの店舗を居抜きで買取り週末は入れきれない繁盛店に仕上げています。正にスマイルカーブの総取りをするサプライチェーンを仕上げています。

こんな仕事は銀行業務に精通したプロフェッショナルにしか出来ません。AIにこんな複雑系の仕事はできないのです。銀行員は単純労働者ではないのです、むしろクリエイティブなアーティストだと思います。だから、本当に銀行マン・ウーマンがこの業界でご飯を食べていこうと思うなら是非、右脳と左脳を磨いて欲しいと思います。

悩める銀行員よ、大志を抱いてください。道はあります。