専門家が解説!ブラック企業と言われないために何をすべき

尾藤 克之

写真は鈴木さん(社内会議室にて撮影)

近年、従業員の健康を守ることで労働生産性を上げる「健康経営」という考え方が、大手企業を中心に広まりつつある。それに、呼応するように、働く人の健康を守る専門家「産業医」の活躍に期待が寄せられている。しかし、健康増進につながっているケースは一部に限定され、キーマンとなる「産業医」が機能不全に陥っている。

今回は、『企業にはびこる名ばかり産業医』(幻冬舎)を紹介したい。著者は、鈴木友紀夫さん。医師と医療機関の人材マッチングを展開する、(株)エムステージの役員でもある。本書では「産業保健制度の概要」と「事業所と医師の側から見た問題点」を分析・整理。これからの産業保健のあるべき姿を提言している。

「名義貸し」が横行する理由

中小事業所を中心に、産業医の「名義貸し」が幅広く行われている。「名義貸し」とは、産業医の名前の届出はあるけれど、ほとんど産業医の活動実績がない状況を指す。

「日本医師会の『産業医活動に対するアンケート調査(2015年)』でも、月あたりの活動時間が『0~2時間未満」という回答が、全体の23 %を占めています。こうしたデータから類推すると、事業所が届出をしている産業医のうち、2割前後が『名義貸し』である可能性があります。なぜ中小企業に『名義貸し』が蔓延しているのでしょうか。」(鈴木さん)

「中小企業の経営者は産業医活動に対してメリットのある効果を期待していない、又は知らないが、選任しない場合のリスクは何となく感じている。よって、リスクを回避するために産業医の選任だけはしようという心理なのではないでしょうか。」(同)

この心理は的を射ている。社員が50人以上いる企業は、衛生委員会を設置しなければいけない。産業医は構成員として出席し、意見を述べたり、職場巡視、健康相談にのったり、休職面談・復職面談などの重要な役割を担っている。産業医が役割を担わないと、企業は「安全配慮義務違反」で行政指導を受ける可能性がある。

「産業医を選任していないリスクとは、労働安全衛生法で産業医の選任が『義務』であるため、義務を果たさず、企業が産業医の届出をせずにいると、労働局や労働基準監督署から行政指導を受けるおそれがあること。特に飲食業や運送業などの過去に労災が起きている業種や、労働者から内部告発があった事業者は労働基準監督署から目をつけられやすく、最近は以前より厳しくチェックが入るようになっています。」(鈴木さん)

「そして違反の程度によっては是正勧告がなされ、企業名を公表のうえ『指名停止処分』や『指名停止命令』が出されることもあります。こうした行政指導をたびたび無視すれば企業が刑事責任を問われることもあります。」(同)

企業は知らなかったでは済まされない。過労死ラインを超える時間外労働の場合は安全配慮義務違反にあたるため、当社はサービス残業だからという理由は通じない。管理職は適用外だと勘違いしている企業を見かけるが、管理監督者にも安全配慮義務違反は適用される。社員同士のパワハラ、セクハラも対象になる。

「一般に過労自殺が労災と認定された場合、労働者災害補償保険から保険給付が行われるのですが、すべては補償されません。たとえば被災労働者や家族の損害のうち、精神的苦痛に対する損害(いわゆる慰謝料)は労災保険の対象外です。また企業の代表者だけでなく、取締役や管理監督者が責任を問われることもあります。」(鈴木さん)

企業の社会的貴任とはなにか

現代において働く人の健康を守るのは企業の社会的責任である。しかし必要な施策を講じていないケースは多い。社員の健康管理は軽視されているのである。

「社員の健康管理を軽視している事実が世間に知られれば、社会的責任を果たさない企業として企業価値が損なわれます。そして”ブラック企業”のレッテルを貼られてしまうと活動にも深刻な影響が及びます。リスクを避けようとして、労働基準監督署の書類に記載するため『とりあえず医師の名前だけ貸してほしい』と希望する事業所と、それに応える医師がいれば、実態のない『名義貸し』が成立してしまうわけです。」(鈴木さん)

「いずれの場合も、産業医活動の実態がない場合、『安全配慮義務等』に応えているとは営えないため、リスクが本当に回避できているかというと、それはNOです。」(同)

筆者は、人事コンサルタントとして企業の制度設計や運用に携わってきた。その経験から申し上げるなら、紹介されている事案は大いに共感できる。使命感をもって対峙する産業医がいる一方、不適切な産業医が増えていることは周知の事実。「健康経営」を浸透させるために、企業が取り組むべきことはなにか?改めて考えさせられる一冊である。

尾藤克之
コラムニスト