今日は、午前6時に家を出て、空港近くにあるロヨラ大学医学部で、7時30分から30分間、11時30分から1時間の講演をして、昼食後、午後3時頃にシカゴ大学に戻ってきた。一昔前ならこの程度は簡単にこなせたのだが、今、かなり疲労感は強い。歳を取ったものだと痛感せざるを得ない。といっても、引越しの準備や米国臨床腫瘍学会時のミーティングなど息をつく間もないのが実情だ。シカゴ便りもあと2週間で幕を閉じるので、ブログも最後まで息を抜かず、情報を発信していきたい。
「若年世代がん、年間2万人 20代未満1位は白血病」という標題の記事が、産経新聞にでていた。20歳未満では白血病が最も多く、、20歳台では、胚細胞腫瘍・性腺腫瘍が第1位で、甲状腺がん、白血病、リンパ腫、子宮頸がんと続く。30歳代になると、乳がん、子宮頸がん、胚細胞腫瘍・性腺腫瘍、甲状腺がん、大腸がんの順だ。
AYA(Adolescent and Young Adult)(思春期と若い成人)世代の治療に焦点が当てられるようになったことは大きなことだ。そして、私は、このデータから、がん検診が行われていない世代にとって重要な二つのポイントが浮かび上がっていると思う。
一つ目のポイントは、20歳代5位・30歳代2位の子宮頸がんである。このがんは、ヒトパイローマウイルス(HPV)感染症との関連性が確立されている。それゆえ、ウイルスワクチンの接種で、がんリスクを大幅に減少させることができるという考えが、世界の常識となりつつある。
しかし、日本ではHPVワクチン接種は、完全に足踏み状態となっている。がんが非常に早期の発見されるなら別だが、子宮頸がんで子宮を全摘出すれば、当然ながら妊娠はできなくなる。もし、命を落とすことになれば、幼子の前から母親が姿を消すことにつながる。
この数字を発表するなら、子宮頸がん対策として、国として何をなすべきなのか一言触れて欲しいものだ。データを取る以上、そのデータから読み取れること、そして、それに対して対策が可能ならば、それを打ち出してこそ、データを収集する意味があると思う。
繰り返し述べてきたが、私が遺伝子研究の道に入ったのは、20歳代、30歳代のがん患者の死を看取ったことがきっかけだった。30歳代の大腸がん患者が二人の幼子を残して天に召されていった瞬間は今でも鮮明に脳裏に沁みついいている。できることをちゃんとやらないで、日本だけが子宮頸がんの発生率が高止まりした時に誰が責任を取るのだろうか?副作用(副反応)を必要以上に誇張しているが、20歳代。30歳代の子宮頸がんをどうするのか、まともな議論をして欲しい。心ある政治家がこの問題を取り上げることに期待したい。
そして、二つ目のポイントは、30歳代1位の乳がんと5位の大腸がんだ。生活環境の変化に伴って、乳がんや大腸がんが増えきているが、この年代のがんは、遺伝的要因に対する考察が不可欠だ。この対策として、がん検診年齢を引き下げればいいと言った単純な話ではない。BRCA1/BRCA2遺伝子に代表される遺伝性の乳がん・卵巣がん、ミスマッチ修復遺伝子に代表される遺伝性の大腸がん・子宮体がんなどは、遺伝的リスク要因を調べて、リスクの高い人に対しては、公的支援によるがん検診を20歳代・30歳代に引き下げるのが、若年者のがんによる死亡を減らすための効率的な方法だと思う。がんは早く見つければ、命を落とさずに済む確率が高くなる、こんな常識に立ち返った対策が必要だ。
一般的には、20歳未満で起こるがんに対する施策は不十分だ。白血病やリンパ腫などは米国を中心に研究は進み、30年位前に比べれば、治癒率は格段上がってきた。しかし、神経芽腫や小児期に多い脳腫瘍などは治療法の開発が進んでいない。肉腫も同じだ。製薬企業にとって、患者数の少ない小児に多いがんに対する薬剤開発はインセンティブが働きにくい領域だ。
患者さんたちが腫瘍サンプルを収集する活動をして、研究者が公的資金も寄付金もかき集めてシークエンス解析し、その情報を公開し、そこから得られる有用情報を用いて、産学が連携して新しい薬剤を開発するようなモデルが出来ないものだろうか?今までの手法で動かなかったことを動かすためには、新しい手法が必要だ。
これまでも言われてきたが、患者さんと研究者・医師が一体となって、がんと立ち向かう体制を構築しなければならない。言葉で100万回繰り返してもなかなか動かなかったものを動かすためには、ひとりひとりの一歩が必要だ。このような仕組みが出来れば、1+1+1=111になると思う。6月23日に札幌で、9月2日に患者さんの主催する会で講演をすることになっている。是非、この場を大きな動きの第1歩にしたいと切望している。
編集部より:この記事は、シカゴ大学医学部内科教授・外科教授、中村祐輔氏のブログ「中村祐輔のシカゴ便り」2018年5月31日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は、こちらをご覧ください。