米朝会談は「ホワイトハウスでの米韓朝3か国会談」の前座に過ぎない

渡瀬 裕哉

記者会見で共同宣言の署名を披露するトランプ氏(ホワイトハウスFacebookより:編集部)

トランプ大統領と金正恩による歴史的な米朝会談が終了しました。そして、4つの項目について合意文書に署名が行われる形となりました。筆者はトランプ大統領は北朝鮮と戦争するわけがなく北朝鮮と早々に妥協すると常に主張してきましたが、ようやく現実に理解が得られるようになったものと思います。この段階に来るまでに「〇月〇日開戦説」やら「米朝首脳会談キャンセル説」などのトンデモ話と対峙してきました、いや本当に長かったですね。

それはともかく有識者の皆さんが「今回の米朝合意文書の中身はスカスカだ、トランプは準備が足りなかったんじゃないか」という、もう何年トランプと付き合っているんですか、と思うような論評が溢れています。そんなんだから、トランプが米朝会談キャンセル書簡を送った時に本当にキャンセルするって錯誤を起こすんですよ。では、一体どういうことなのかについて以下解説していきます。

本丸は「ホワイトハウスでの米韓朝3か国会談」ではないか

米朝首脳会談後に、トランプ大統領は金正恩をホワイトハウスに招く意向があることを記者団に伝えています。トランプ大統領の優先順位は「中間選挙」であるため、北朝鮮外交においても成果を必要としています。既に拘束された米国人を解放し、核実験施設を爆破させた上で、金正恩に形式上土下座で詫びを入れさせる形で直接会談し、会談時に口頭とはいえ金正恩からミサイルエンジン実験場の解体着手の言質を取ったことで手柄としては十分な状況ではあります。しかし、トランプ大統領が中間選挙に勝利するにはまだこの程度の外交成果では支持率の推移をみる限り不十分です。

トランプ大統領が選挙上最も必要としていたものはノーベル平和賞ですが、今年1月に2018年10月のノーベル平和賞は推薦締め切りが過ぎてしまったため、トランプ大統領は共和党の議員らによって今年5月に2019年のノーベル平和賞に「朝鮮戦争終結」「朝鮮半島の非核化」の功績で推薦されているのみの状況となっています。しかし、1年後のノーベル平和賞への推薦だけでは選挙戦に対するインパクトに欠けるため、トランプ大統領は選挙戦を左右するだけの決定的な「画」を求めてると言えます。

それはホワイトハウスにおいて「米韓朝の三か国の首脳が集まることによって朝鮮戦争の終結を宣言する」という政治ショーの画に他なりません。韓国がお膳立てしたという形でもなく、北朝鮮がうまくやったというのででもなく、あくまでも米国=トランプ大統領が「朝鮮戦争終結」を主導したという形を整えることが必要だからです。そのため、むしろ今回の合意文書で詳細が公表されていては困るわけで、むしろ今後はクラマックスに向けて両国の歩み寄りが徐々に進んでいくと考えることが妥当でしょう。トランプ大統領も金正恩も大した役者だなと素直に感心する次第です。

「『朝鮮半島』の非核化」という事実上の朝鮮戦争終結宣言

したがって、合意文書の内容について「あーだこーだ」論評すること自体が不毛だと考えるべきだと思いますが、一点だけ気になったポイントは「北朝鮮の非核化」ではなく「朝鮮半島の非核化」と明記されていることです。実は上記の通り、共和党議員らも「北朝鮮の非核化」ではなく「朝鮮半島の非核化」でノーベル平和賞にトランプ大統領を推薦しています。この朝鮮半島の非核化というのは非常にくせ者の表現であり、北朝鮮の非核化だけなく米国の韓国への核の傘も対象に含まれる可能性があります。

そして、朝鮮半島の非核化は在韓米軍の撤退(トランプは現状では否定していますが)を含む示唆に富んだ表現であり、ほぼイコールの意味合いとして「朝鮮戦争終結」を意味するものと捉えるべきです。つまり、合意文書の中に朝鮮戦争終結が明記されていなくても米朝両国は事実上それを容認したことになります。この意味合いからも後は両国が何らかのプロセスを前進させることを通じて、上記のホワイトハウスの画まで持っていくことのハードルは決して高くないことが分かります。

拉致問題が提起されたものの、協議が先送りになった理由

トランプ大統領は拉致問題を提起したことにも言及しました。「北朝鮮の非核化費用は日本と韓国が出す」と明言している以上、財布の持ち主である安倍首相にも最低限の配慮を行ったと言えるでしょう。しかし、米朝会談に先立つ日米首脳会談、そして米朝会談後の記者会見でも、トランプ大統領が「拉致問題は安倍首相の個人的関心事」であることを強調し続けていることは逆にきな臭いものを感じます。

現在、安倍首相は国内スキャンダルなどを抱えており、たとえ総裁三選をしたとしても来年の参議院議員選挙に敗北した場合引責辞任させられる可能性があります。現在の野党の状況に鑑み、選挙で与党が大敗するとは考えられませんが、安倍首相が現在の任期中のいずれの政局・選挙よりも苦しい状況に置かれている状況に変わりありません。

安倍首相は日米首脳会談後の記者会見で、日朝平壌宣言に基づいて、北朝鮮に対して過去の清算、国交正常化、経済協力を行う、と明言していましたが、北朝鮮に経済援助を行った後に安倍首相が何らかの形で退陣すると、トランプ大統領も金正恩も「あくまで拉致問題は安倍首相の個人的関心事」として終わったものとして処理される恐れがあります。安倍首相は自らとトランプ大統領との個人的関係を強調する以前に、トランプ大統領に「拉致問題は日本国民の総意に基づくものであり、安倍首相自身の個人的関心事だけではない」ことを公式に伝えて認識の修正を求めるべきです。今の状況は極めて危険だと思います。

ちなみに、筆者は金正恩の体制保証を保証した上での経済援助とは、金正恩に日本国民が税金を支払うことを意味しており、ビタ一文払うべきではなく、その上北朝鮮は拉致被害者に対する賠償金を支払うことが当たり前だと考えています。

米国国家安全保障会議は日本のプルトニウム保管量の報告・削減を求めてきたのか

米国の国家安全保障会議は米朝会談に先立ち、日本のプルトニウム保管料の報告・削減を求めてきています。非核保有国によるプルトニウムの製造は禁止されていますが、米国は『日米原子力協定』を根拠に、日本が再処理後のプルトニウムを取り出して発電に利用することを認めてきました。たしかに、このプルトニウムは核兵器として使用するには純度などの問題がありますが、しかし核兵器製造燃料となる物質が大量に日本に貯蓄され続けていることは間違いありません。

そして、現在のシチュエーションは「通常の国なら核武装を主張している」状況であるため、日本のプルトニウム保管について米国側が心配して報告・削減を求めることは妥当と言えます。我が国よりも切迫した環境に置かれていないサウジ(核開発再開可能性があるイランに対峙している)の皇太子ですら、イランが核武装するならサウジも核武装すると何度も主張しており、核の傘で守ってくれるはずの米国が北朝鮮と手打ちするシチュエーションで日本が核武装のオプションを検討しないわけがないからです。問題は日本側が完全に平和ボケしており、それだけの鬼気迫った状況に自国が置かれていることを理解していない点にあります。

安倍政権は拉致問題も大事ですが、米国が北朝鮮に長距離弾道ミサイル破棄を体制保証と引き換えに取引したあと、日本として中距離ミサイルにどのように対応するのでしょうか。軍縮とは両国がともに攻撃兵器を保有しない限り行われないという当たり前の現実が米国と北朝鮮の間で目の前に示されたわけで、日本のいい加減に国際社会の現実に目を覚ます段階にきているものと言えるでしょう。

トランプの黒幕 日本人が知らない共和党保守派の正体
渡瀬裕哉
祥伝社
2017-04-01

 

 

本記事の内容は所属機関とは関係なく渡瀬個人の見識に基づくものです。取材依頼や講演依頼などは[email protected]までお願いします。


編集部より:この記事は、The Urban Folks 2018年6月13日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方はこちらをご覧ください。