AKB総選挙という教材
「潰すつもりで来てください」
これは日大タックル問題のフレーズではない。AKB総選挙(2012年 第4回)のスピーチで篠田麻里子が語ったフレーズである。2018年6月16日(土)、第10回目となる総選挙がナゴヤドームで開催された。私は大学の就職課で日々学生の進路相談に乗るキャリアサポートに従事しているが、大人にとってAKB総選挙は学び多き教材である。
AKB総選挙の見所といえば、その順位も然ることながら、選抜メンバーによるスピーチだ。大観衆の前で10代から20代の若者が 1人でマイクを握り、歓喜、感謝、鼓舞そして決意など、思い思いの声を堂々と届ける。蓋をしたくなるような過去やどうにも変えようのない弱点があっても目を背けず、歩んできた道(キャリア)を真摯に受け止め、自らの承認欲求を満足させんと票獲得に邁進する。
そんな、不安と自信の錯綜を超えて発せられる彼女たちの声には、子どもたちの生き方(キャリア)をサポートするうえで考えさせられる題材が数多く含まれている。彼女たちのスピーチは子ども向けであると同時に、大人向けでもある。
いつだって「ファン」であれ
キャリアサポートにおける大人の役割は、子どもたちに「自分らしい生き方」に気づき実践してもらうこととされるが、「言うは易し、行うは難し」である。そもそも、“明るい”や“●●に向いている” などというキラキラしたオーソドックスで没個性的な言葉が自分らしさなのかという定義の問題もある。手っ取り早い正解はなくとも、AKB総選挙のスピーチは大人の在り方にヒントを提供してくれる。
AKBにファンがいるように、大人は子どものファンでなければならない。ファンとは推しメン(イチ推しメンバー)が不調でも不人気でも推薦するからこそファンである。スポーツでも同様に、戦績が振るわないからといってチームやメンバーを応援しないのは真のファンではない。ファンはいつだってファンなのだ。
前田敦子が教えてくれた「勇気」
ファンであり続けるには何が必要か。ひとつは、過去のスピーチで前田敦子が語った「私のことは嫌いでも、AKBのことは嫌いにならないでください」(2011年 第3回)の中に見出すことができる。キャリアの分野では、「自分らしく」生きるためには他者からの評価を気にし過ぎないことが肝要とされる。言い換えれば、“嫌われる勇気”を持つということだ(アドラー心理学)。この“嫌われる勇気”は、もちろん子ども(メンバー)自身にも必要だが、大人(ファン)にも必要不可欠である。なぜなら、推しメンは、世間や社会から評価されていない不遇の時代にこそ応援者を求めているからである。
高橋みなみが教えてくれた「努力」
では、好きなときだけ気まぐれに応援すれば良いかと言えば答えはNOだ。高橋みなみが「努力は必ず報われる」(2011年 第3回)と述べたように、周囲に理解されなくとも推しメン(子ども)を応援し続ける努力が求められる。雨の日も風の日も、下積み時代も失敗したときも、である。もちろん、「努力が必ず報われることがないことも分かっ」たうえで、だ。ビートたけしの言葉を借りれば「努力とは宝くじを買うようなもので、当たり券を買うことではない」。つまり、的外れな努力や報われない日々も当然あるという認識に立脚したうえで、ファン自ら努力結実の証明に向けて努力するのだ。
「夢<今」「100点<100%」
努力について、今年の総選挙で岡田奈々(5位)と大場美奈(8位)は同様のことを語った。岡田は「今ある48人生を全力で生き抜く。今を全力で生き抜くことが未来に繋がる。」と語り、大場は 「(私は)人に自慢できる趣味も特技もなく、普通で中途半端。でも(中略)48グループでひとつひとつの目の前に現れること全てに真摯に向かって頑張ってきたらこんなふうにステキなステージに立てた。」と語った。
2人のスピーチに共通するのは、いつか実現するかもしれない夢を夢想するのではなく、確実に存在する今に照準を絞っている点だ。大場はこうも語っている。「人の本気を笑わないということを掲げて頑張ってきた。48グループは“何でもありのアイドル”を認めてくれる。」と。我々大人も、子どもの本気を笑わず、反社会的なことなどでない限り、まずは“何でもあり”の寛容な立場から子どもを眺めてみることが肝要なのかも知れない。
ただし、寛容とは何もしないことではない。荻野由佳(4位)の「もっともっと一杯汗をかかないといけない」は大人にも当てはまる。「100点のこと」は子どもたちにしてあげられないかもしれないが、「100%で」毎日取り組むことはできる。そうすれば、田中美久(10位)の言うように、家庭や学校は「最高の居場所」になるだろう。努力とはコスパの良い濃縮還元の汗ではなく100%ストレートの汗である。
山登りは「48者48様」
検索ワードで「かわいくない なぜ人気?」と書かれ、自らも「かわいくない」と自虐的に語る須田亜香里は昨年から投票数を約10万票も増やし今年2位(自己ベスト)に輝いた。彼女は次のように語った。「デビューから3年以上は劇場公演の後ろの端っこがポジションだったが、よじ登ってくればこんなに高い所まで来られた。」「ステージの端っこに今いるメンバーも、握手会は今は列が短いっていう子も、ブスだって言われても、運営から推されなくたって、こうやって上がることだってできるんだ、覚悟さえ決めれば、ちゃんとファンの方はその覚悟に気づいてついてきて応援してくれるんだっていうこと。ちょっとはメンバーに感じてもらえてたら嬉しいなって思います。」「メンバーひとりひとり自分の個性を出していくことを恐れずに、弱いところを恐れずに、頑張っていけたらいいなと思います。」
このスピーチは、努力しても未だ日の目を見ていない多くの子どもたちを勇気づけるエールになるが、大人にはアラームのように聞こえた。個性個性と子どもたちにリクエストしながらも、「あれはダメこれはダメ」と結局は大人の価値観やストライクゾーンに子どもたちを押し込めがちなのが我々大人という生き物。子どもたちの個性とは何か、自分らしさとは何か、それらの芽を摘まぬようどんな努力ができるのか、 考えさせられる。キャリアとは山登りに喩えられることがあるが、どの山を登るのか、どんなルートで登るのかは三者三様だ。AKBになぞらえて言えば、大人は48者48様で子どもたちをサポートせねばならないだろう。
女王・指原莉乃の「凄み」
AKB48グループで最も「よじ登った」人といえば、指原莉乃である。引きこもり苛められた過去を乗り越え、ただ1人20万票以上の得票数を誇り、総選挙で3連覇を達成した。昨年女王に輝いた際のコメントはこうだ。
「今こうしてテレビに出ているのも、テレビに出ている自分に自信が出てきたことも、たくさん迷惑をかけてしまった両親に少しずつでも恩返しが出来ているのも、応援してくださった皆さんが私を1位にしてくれた」
「こんな私を、普段はバラエティーでアイドルらしからぬ言動をしている私をアイドルにしてくれた指原のファンの皆さん、改めて、本当にありがとうございました」(2017年 第9回)
彼女の人気の秘密は人気取りに走らないことだろう。キャリアの鍵は「自分らしさ」だが、それは他者から受け入れられないような排他的で独り善がりな「自分らしさ」ではない。きちんと他者や社会から認められる「自分らしさ」である。その意味で、指原は「アイドルらしからぬ言動」をやめないことこそ「自分らしさ」であると決意し実践してきた。このギリギリの駆け引きが、他者にはできない妙なのである。
ファンに感謝を述べるだけやパンチの効いたキャラクターを押し出すだけなら模倣は困難ではない。しかし、大衆に迎合するわけでもなく、かといって我の強さだけを前面に出すわけでもない、そんな一見するとアンバランスで居心地の悪そうな状態を維持し続けるのは容易ではない。その矛盾を絶妙に解決していることが、ただ1人、3度も王座という頂によじ登るほど多くの人々に受け入れられた女王・指原の凄みではないだろうか。
ここまで褒めちぎった後に、「実は票稼ぎで不正を働いていた」などワイドなニュースが報じられたら元も子もないが、少なくとも彼女のスピーチからは、その類稀なる存在感が確認できる。
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高部 大問(たかべ だいもん) 多摩大学 事務職員
大学職員として、学生との共同企画を通じたキャリア支援を展開。本業の傍ら、学校講演、患者の会、新聞寄稿、起業家支援などの活動を行う。