安倍総理が北朝鮮の非核化の費用を日本が持つと言い始めたので、何のことかと思ったら、IAEA(国際原子力機関)の核査察の経費を持つのだという。ちなみに、完全非核化のための核査察がどのようなものであるかは別の記事に詳しく記している。
安倍総理は、北朝鮮への経済援助については、従来どおり「拉致問題が解決されない限り行わない」と明言している。また、ポンペオ国務長官も「完全非核化まで経済制裁を継続する」と明言している。この方針は米トランプ政権内だけでなく、「G7」としても共有されている。つまり、北朝鮮は「完全非核化」を実行しない限り、欧米からの経済支援はないし、日本に関していえば、プラス拉致問題を解決しないと、一銭も入ってこない。
この決断を批判する向きがあるが、私は逆に膝を打ちたくなるほど感心した。なぜなら、北朝鮮は「非核化をやろうにも費用がない」とか「そっちが金を全部出してくれ」などと、ゴネれなくなったからだ。少なくとも経済面を理由にすることが不可能になった。ボルトンらも「日本が善意で負担してくれるのだから、そちらとしても大助かりだろう。さあ、さっさと核査察を始めようじゃないか」と追い込むことができる。
安倍総理の決断により、「非核化工程表」(ロードマップ)の協議を遅滞させ、査察を引き延ばそうとする北朝鮮の目論見を事前に封じることができる。これで北朝鮮もますます核査察を断れなくなった。北朝鮮は、建前では「完全非核化をやる」ということになっているから、金正恩としても安倍総理の“善意”を断る理由はないはずだ。元々それをごまかす腹積もりの金正恩としては歯軋りしたくなるだろう。
無条件査察権限を拉致被害者の調査にも活用すべし
しかも、日本がスポンサーの核査察が実現すれば、査察を利用した拉致問題の現地調査への道も開けてくる。私は以前、核査察チームに「拉致被害者調査チーム」も加えるべきだと提言した。
いつでも、どこでも、誰でも検証の対象にできるのが「無条件査察権限」だ。ウラン精錬工場、ウラン濃縮施設、原子炉、プルトニウム処理施設、化学兵器工場などは固定目標だが、他方、核弾頭と核物質は持ち運び可能であり、どこにでも隠匿可能だ。逆にいえば、その調査という口実であれば、どこにでも立ち入ることができる。
そのついでに、日本人拉致被害者に関連する施設に奇襲調査をやる。なにしろ、こっちは査察のスポンサーだ。この程度のワガママは斟酌してもらって当然だ。協力したら臨時ボーナスもはずむということにすれば、喜んで協力してくれるだろう。
動画の撮影、ヘリでの編隊飛行、政治犯収容所への立ち入り・・なんでもござれだ
そこで私からの追加の提案。
核査察チームには「衛星通信機」を持たせ、一チームにつき数名の動画撮影人員を付けるようにしたらどうか。そして常時、動画を撮影して北朝鮮国外に映像を送らせる。たとえば、映像の集約センターを自衛隊基地に設けて、そこで全チームの撮影をリアルタイムでモニターできるようにする。リアルタイムの転送により、北朝鮮としても証拠映像の隠滅が不可能になるし、第一、そのことがチームの安全の担保にもなろう。
かくして、現場の北朝鮮軍人が査察を妨害したり、暴力を振るってきた様子も撮影し、ニュース価値のあるものは、どんどんネットにもアップする。
また、査察チームには「ヘリコプター」も支援したらどうか。これで調査の機動性がぐんと高まり、かつ現地の交通事情にも左右されず、時間の短縮にも繋がる。
政治的な効果もある。査察チームと護衛の米軍ヘリが編隊を組んで北朝鮮上空を縦横無尽に飛行するだけで、人々に無言のメッセージを送ることができるだろう。
拉致被害者が捕らわれている施設だけでなく、政治犯などの強制収容所にもどんどん立ち入ればいい。なにしろ、問答無用の無条件査察権だ。活用しない手はない。「北のアウシュビッツを発見」などと、新聞の見出しが賑わうかもしれない。
ショーウィンドーである平壌以外の地方にも積極的に分け入って、人々の本当の暮らしも撮影してやろう。電気も水道もない、ボロボロの服を着た人々の悲惨な暮らしを。むろん、世界に向けて公開する。勝手に「食糧撒き」もやる。北朝鮮が文句をつけてきたら、「感謝されこそすれ文句を言われる筋合いはない」と毅然とすればいい。
査察で体制崩壊もありえる
そうすると、意外と核査察がきっかけに「独裁体制崩壊」ということもありえるかもしれない。というのも、一連の米朝宥和に関して、金正恩政権が対国内で凄まじく話を盛っている疑いがあるからだ。その“盛り”ぶりは、たとえば4月20日の朝鮮労働党の中央委員会総会での金正恩の演説と、その労働新聞報道にも見ることができる。
「国家核戦力建設という歴史的大業を五年にも満たない短期間に完璧に完成させた」
「核の兵器化が完結された中、いかなる核実験も中距離弾道ミサイル、ICBMの発射実験も必要なくなり、核実験場も使命を終えた」
「地下核実験、核兵器の小型化、軽量化、超大型核兵器と運搬手段の開発を順次行って、核の兵器化を実現したことを厳粛に明らかにする」
かくして、核開発と経済建設を同時に進める「並進路線」の偉大な勝利を総会で宣言した・・らしいのである。で、この後から、米朝首脳会談についての報道が始まった。
つまり、北朝鮮は「偉大なる金正恩様が核の兵器化を実現したから、米帝が膝を屈して首脳会談を提案してきた」というニュアンスで対内宣伝しているのではないか?
今まで散々、米帝の脅威を喧伝してきたから、当然、朝鮮人民・軍人からすれば「ああ、核兵器で米帝を跪かせた金正恩委員長は天才なのだ」となるだろう。そして、「並進路線」が終わり、これからは「経済建設」のみだから、もう核兵器開発のために苦しい生活に耐える必要はないぞ、金正恩サマ万歳!となるだろう。
ほとんど事実を逆さまにしたというくらいの大嘘である。後でバレたら大変なことになると思うのだが、金正恩も薄氷を踏む心境なのかもしれない。
しかし、これから国際社会による核査察を受け入れて、査察チームが次々と軍事機密にアクセスし、そのヘリが上空を編隊飛行しようものなら、いくらかん口令を敷いても、全土に噂が駆け巡るのではないか。そして、実は金正恩サマが「完全非核化」を強いられているのだと知られれば、それまでの対内宣伝が完全に裏目に出るだろう。
だから、北朝鮮がこんな条件を呑むはずがないのだ。いや、呑むつもりなら最初から「核の兵器化を実現した」などと対内喧伝するはずがない。だから、私は、早ければロードマップの作成で米朝が再び衝突すると予想している。
しかし、今のところ核査察までは呑む可能性もありうる。その時には、是非とも拉致被害者の現地調査も併せてやってほしい。
山田 高明 フリーランスライター
個人サイト「新世界より」 「フリー座」