またしても、悲劇が起こってしまった。
東京都目黒区で、親から虐待を受けた5歳の結愛(ゆあ)ちゃんが尊い命を奪われた。
「もうおねがい ゆるして ゆるしてください」
覚えたてのひらがなで綴った結愛ちゃんの痛切な言葉に、胸を締め付けられた。この小さな命を、なぜ救えなかったのか?誰しもが思ったことだろう。
年間の児童虐待通報件数は、この10年上昇の一途。ついに年間12万件を超えた。そのような中、虐待によって命を落とすケースは、年間およそ300件とされる。毎日一人の子どもの命が家庭内虐待によって奪われていることになる。なんということか!
虐待の通報(通告)は、児童相談所(児相、都道府県を中心に全国210か所)に集まる。だから、虐待問題が発覚するたびに児相は批判にさらされる。
今回も、香川県で2度も結愛ちゃんを一時保護(そのつど義父は傷害罪で逮捕されている)しながら、なぜ児童福祉司による指導措置を解除してしまったのか?東京都の児相への事案の引継ぎは適切になされたのか?東京都の品川児相はなぜ事案を引き継いで48時間以内に家庭訪問しなかったのか?(実際の訪問は事案引継ぎから9日後、しかも結愛ちゃんを確認できず)…など、疑問と批判の声が噴出した。
じつは、児童虐待が急増する今、児相の現場は火の車なのだ。
児相職員は一人100件近くの事案を抱え日夜苦闘し、精神疾患で離職する職員も続出している。もちろん、厚生労働省とてこの状況を看過しているわけではない。同省は今、人口4万人に一人の児相職員の配置を目指す取り組みを進めている。わずか数年前まで6万人に一人が目標だったことを考えれば、たしかに政策的努力の跡はうかがえる。
それでも、人口4万人なら(子どもの数は総人口の約12%だとして)児相職員一人で5000人弱の子ども達を相手にする計算だ。とてつもない数字だ。もっとも、そのうち虐待が疑われる家庭はどのくらいあるのだろうか。
ここに参考となりそうな数字が二つある。
一つは「5%」、もう一つは「20万人」。
前者は、法律で定められた乳幼児健診を受けていない子どもの比率だ。すなわち、我が国では、母子保健法に基づき乳幼児健診が義務付けられている。1歳半と3歳児健診は法的に定められ、その間も必要に応じて健診を推奨されている。ところが、受診率はというと、それぞれ95.7%、94.3%となっている。つまり、約5%の子どもが法律で義務付けられている乳幼児健診を受けていないのだ。
この5%の子ども達が、潜在的な虐待、少なくとも「社会的孤立」に陥っている可能性が高いと考えられる。そうだと仮定すると、(もちろん、地域差はあるが)児相職員一人が対象とする潜在的な被虐待児童は、5000人の5%、つまり200-250人となる。さきほどの「一人で100件」という実態のおよそ倍の数字だ。したがって、厚生労働省の人口4万人に児相職員一人という目標では到底追いつかないことは明らかだ。
もう一つ憂慮すべき数字が「20万人」である。前述の3歳児健診を終えて小学校に入学するまでの3-5歳児のうちで、幼稚園にも保育園にも行っていない子どもがじつに20万人もいるというのだ。3-5歳児の人口は約316万人だから、約16%にも上る。愕然とする数字だ。この数字は、子どもの貧困とじつは合致する。いま貧困の連鎖が問題となっているが、じつは虐待も連鎖しているという。貧困と家庭内虐待は連関しているのかもしれない。
したがって、児童虐待は、単に児童相談所を強化すればいいという話では済まないことが分かる。もちろん、児相の拡充は最低限の対応として予算配分を含め可及的速やかに行わなければならない。警察、医療機関、民生・児童委員、学校や幼稚園、保育園など関係機関の連携もより緊密にしなければならない。さらに、場合によっては親権停止まで含めた虐待対応のルールの明確化も急ぐべきだ。
しかし、より根本的には、自らの子どもを虐待してしまう親(保護者)を何とかしなければならない。その点で、東京若手議員の会の児童虐待防止プロジェクトチームによる小池百合子東京都知事への緊急提言に書かれているように、保護者が子どもを虐待してしまう背景には、「社会的孤立、経済的貧困、保護者や子どもの疾患、保護者が過去に虐待を受けた経験など様々な要因があり、児童虐待は保護者の『SOS』でもある」という指摘は重い。
つまり、児童虐待を防止するためには、子どもだけでなく保護者も含めその家庭ごとケアをしてあげなければならないのだ。とくに、「三つ子の魂百まで」といわれるが、就学前の0-5歳の時期は人間形成にとって死活的ともいえる。この時期に、人間の脳が形づくられ、心の在りようが決まり、基礎的な運動能力が身につくといわれているからだ。だから、子どもにとって、0歳から5歳が最大限のケアを要する時期なのである。
その子ども達にとって最も大切な期間を手厚くサポートできる仕組み。それが、フィンランドの「ネウボラ」*だ。私は、真の児童虐待防止策として、日本にも本格的に「ネウボラ」の導入を図るべきだと改めて提唱したい。3年前に各自治体に開設が(努力)義務付けられるようになった「母子健康包括支援センター」は、ネウボラ類似施設として期待されたが、質量も貧弱だし、何よりも子育て家庭支援の根本的な哲学や理念が日本社会全体で共有されているとはいいがたい。
この際、妊娠期から小学校へ入学するまでの6-7年間を切れ目なく各家庭を丸ごとサポートする「日本版ネウボラ」を創設しようではないか。人口600万人のフィンランドでは、児童虐待による死亡件数は、年間0.3人だという。つまり、3年に一人なのだ。彼我の差は歴然。彼我の仕組みや制度の差も歴然。私は、子ども達の「未来保障」のために、日本版ネウボラの全国展開を予算措置も含め国家目標として掲げ、政府に対し決断と実行を迫っていく。
*「ネウボラ」・・・フィンランドにおいて、妊娠期から出産、子供の就学前までの間、母子とその家族を支援する目的で、地方自治体が設置、運営する拠点。また、出産・子育て支援制度。
編集部より;この記事は、元防衛副大臣、衆議院議員の長島昭久氏(東京21区、無所属)のオフィシャルブログ 2018年6月22日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は長島昭久 WeBLOG『翔ぶが如く』をご覧ください。