ムハマド・ユヌス著「3つのゼロの世界」。
貧困、失業、CO2排出の3つゼロの新経済。
資本主義の問題はシステムが利益追求という唯一の目的しか認めていないことだが、貧困と失業と環境破壊をなくすことを目標にビジネスを設計すれば問題は劇的に軽減できるとします。
資本主義に別の選択肢を提示する書です。
ノーベル平和賞を受賞したユヌスさんの「グラミン銀行」は、信頼だけに基いて年25億ドルを900万人の貧しい女性に貸し付けています。
返済率は99%。
貧困者に起業家能力を発揮させる仕組み。
従来の銀行は豊かな人が所有し経営するが、グラミン銀行は顧客でもある貧しい女性が経営するそうです。
ソーシャルビジネスの利益率はほぼゼロだが社会的な見返りが大きく、経済的には自立する仕組み。
これは途上国だけの仕組みではなく、グラミン・アメリカは8万6千人に5.9億ドルを貸付け、99%を超える返済率を誇るといいます。
ユヌスさんは指摘します。
8人の超特権者が世界人口の下位半分より多くの富を所有する。こんな構造は持続不可能。
格差の拡大は社会不安をもたらした。
オキュパイ運動、ティーパーティー、アラブの春、ブレグジット、トランプ大統領選出、ヘイト・グループの台頭など今の政治問題の大半は格差問題。
ワシントン・ポストが「ミレニアル世代の過半数が資本主義を否定」と報じた。
18-29歳を対象にしたハーバード大の世論調査で、資本主義を支持42%、不支持51%。
若者がシステムに不満を抱いているのは世界的な傾向のようだ。
だが社会主義が崩壊した後、非資本主義の受け皿は見当たらない。
そして説きます。
ソーシャルビジネスとは、創造性を活かして人類の問題を持続可能なやり方で解決すること。
従来の不完全な経済システムへの選択肢が現れてきた。
これは、人間は生まれつき利己的という想定を取り除き、人間はみな生まれながらの起業家という前提に立つシステムだ。
80%以上のウガンダ人が生涯のどこかの時点でビジネスを始めるといいます。
小さな店を開いたりヤギを買ったりする、そんな仕事。
起業とはそういうことですよね。
むかしは脱サラで「屋台でも引くか」という生き方がありました。
いまぼくらは起業のハードルを上げてしまい、窮屈になっています。
ソーシャルビジネス+マイクロファイナンスは、起業のハードルを下げるとともに、資本主義とは別の持続的な経済システムを作り得ます。
それはフィンテックやシェアリングエコノミーとも相性がいいはずです。
ぼくはソーシャル+マイクロ+ITのモデルを作りたくなってきました。
新しいテクノロジー製品がまず貧困層に向けて発売され、それから徐々に富裕層の市場へも広がっていく、そんな例がないとユヌスさんは指摘します。
日本のケータイは女子高生がまず使いこなし、ビジネス層に広がっていきました。
テクノロジーとユーザの伝播という点で、日本はモデルになり得ます。
本書は技術で政府の効率性と透明性を高める提言も。
「ロボット工学や人工知能、重要データに人々がアクセスできるプラットフォーム・ネットワーク、よくデザインされたソフトウェア・アルゴリズムを官僚や役人の代わりに使うよう奨励すれば、より効率的で利用者に優しく、汚職のない政府が実現する」
最高ランクの役所が紙の決裁文書を改ざんしたことで国会が空転したわが国こそ、技術で政府の効率性と透明性を高めるチャンスではないかと思われるのであります。
ユーグレナ出雲さんは、1998年、学生のころにバングラディシュを訪れ、グラミン銀行でインターン、それを契機に東大の文3から農学部に転部、ミドリムシを研究して起業したそうです。起業時のホリエモンといい、その後の成毛さんといい、出雲さんは強烈な人たちのもとで育ったのですね。
「お金を稼ぐのは幸せだが、ほかの人を幸せにするのは、とてつもなく幸せだ」。
本書に登場するセリフです。
吉本興業の一行とドバイでユヌスさんに会ったときもそうおっしゃってました。
吉本興業は赤字こいてもイベントを打ち、大勢を爆笑させることに血道を上げる組織で、気が合うわけだと思いました。
編集部より:このブログは「中村伊知哉氏のブログ」2018年7月23日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はIchiya Nakamuraをご覧ください。