左翼は性的少数派の「正義の味方」か

長谷川 良

rosefirerising/flickr:編集部

読者から「LGBTの権利擁護を支援する背後に左翼が暗躍している」という趣旨の指摘があった。そこで「左翼は性的少数派(LGBT)の正義の味方か」について考えてみた。

先ず、LGBTの人々は本来、政治活動家ではないし、多くは自身の性的指向で内的葛藤を体験してきた人々だ。ドイツのサッカー・ブンデスリーグで活躍していた選手が引退する直前、「自分はホモだ」とカミングアウトし、大きな話題となったことがある。同選手は自身の性的指向問題で長く葛藤してきたという。

自分はホモだ、ということを告白する俳優や著名人はいるが、大多数の性的少数派は自身の性的指向問題を可能な限り隠して生きている。決して社会的差別を恐れるだけではなく、自身の性的指向問題が社会が共有して、解決できる問題ではないことを薄々感じているからだ。

そこに左翼活動家が近づいて、「あなたは社会で差別されているのだ。あなたには人権があり、それを獲得する権利がある」と話しかけ、「あなたが失ってきた権利を奪い返すために我々と共に戦おう」という話が持ち上がってくる。その最終的な行き先は「安倍政権の打倒」ということになる。なぜならば、性的少数派の権利を奪ってきたのは結果的にはその時の政権だからだ、という論理だ。

欧州で目撃する性的少数派の多くは政治活動には余り関心がない。愛する者同士が静かに生きることを強く願う。例えば、「メルケル首相が悪い」といった論理の超飛躍は余り聞かない。

もちろん、どの世界でも問題を自身の政治信条のために利用する人々はいる。社会民主党系、左翼系の政治家たちが性的少数派に近づき、日本と同じように、性的少数派の権利擁護を議題にして利用するケースはみられるが、性的少数派問題を政権打倒の手段に利用する左翼は見られない。

次の問題だ。左翼と性的少数派を繋ぐ線について。人間は恨みや不満を抱えて生きている。そしてその原因を自身に向けるより、他者に向け、「あいつが悪い」という論理になることが多い。その際、「人間は全て平等、公平だ」という神話が強調される。このコラム欄でも書いたが、人間は生来、不平等だ。

左翼はその恨み、不満を常に時の政権にぶっつける。彼らは性的少数派の恨み、悲しみを刺激し、そのエネルギーを政権批判へと操縦していく。性的少数派の悲しみ、恨みを政治利用するわけだ。一方、恨みの理由がはっきりと分かれば、解決の道もあると考える性的少数派も出てくるかもしれない。彼らには深い恨み、悲しみがある。問題の原因がはっきりと指摘されれば、心の奥に閉じ込めていた葛藤が解放されてくるからだ。

ところで、性的少数派運動を支援する左翼の人々は性的少数派を正しく理解しているだろうか。同性婚が公認され、市役所で正式の婚姻届けが出来るようになれば、LGBTを支援してきた活動家には勝利かもしれないが、性的少数派は以前より果たして幸せを感じることができるだろうか。

左翼は性的少数派の葛藤を解放する「正義の味方」ではない。彼らの活動の原動力は憎悪、恨みであり、性的少数派への愛からではない。特に、日本の左翼の場合、安倍政権の打倒が目標であり、性的少数派の権利問題はあくまでもその手段に過ぎないからだ。

最後に、右翼の立場について。彼らは基本的には性的少数派の同性婚に反対するが、キリスト教を政治信条に掲げる欧州の政党もLGBT問題では次第に容認の方向に向かっている。その際、社会の連帯と寛容、多様性がそのキーワードとなる。だから、欧州の右翼政党で同性婚に反対するのは極右政党と呼ばれる政党だけとなってきた感がする。すなわち、欧州ではキリスト教会の衰退もあって伝統的保守派は性的少数派問題では守勢を強いられている。左翼が性的少数派問題を政治利用するのは保守派政党の分裂を狙っているからだ。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2018年8月6日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。