トランプ米政府は6日、イラン核合意からの離脱を受け、解除した対イラン制裁を再発動した。第1弾として自動車部品、貴金属取引の禁止、米ドル紙幣の購入などが禁止。11月4日からは第2弾としてイランの主要収入源の原油取引の停止が控えている。
米政府の制裁再発動を受け、通貨リアルは米ドルに対し、その価値を半減する一方、国内ではロウハニ政権への批判だけではなく、精神的指導者ハメネイ師への批判まで飛び出すなど、ホメイニ師主導のイラン革命(1979年)以来、同国は最大の危機に陥っている。
イラン精鋭部隊「革命防衛隊」は米国に対抗するため中東の原油運輸の主要ルート、ホルムズ海峡のボイコットを示唆し、海峡周辺で対艦ミサイルを発射するなど強硬姿勢を崩していない。
トランプ大統領は「イランの指導者と無条件で会談する用意がある」と強調する一方、「イランが米国を脅迫すれば、これまでみたことがない重大な結果を招くだろう」と警告することも忘れていない。
トランプ大統領は5月8日、「核合意はイランの核開発計画を停止させるのには適したものではない。合意は最悪で一方的な内容だ。核合意は平和をもたらさなかった」と核合意離脱の理由を説明し、「米国は今後、最大級レベルの対イラン経済制裁を実施していく」とテヘラン当局に警告を発した。具体的には、米国はイランにウラン濃縮関連活動の全面停止、核関連施設への査察履行など12項目を提示し、その受け入れを要求している。
イラン核交渉は、国連常任安保理事国(米英仏中露)の5カ国にドイツを加えた6カ国とイランの間で行われてきた。そして2015年7月、イランの濃縮ウラン活動を25年間制限し、国際原子力機関(IAEA)の監視下に置き、遠心分離機数は1万9000基から約6000基に減少させ、ウラン濃縮度は3・67%までとするなどを明記した包括的共同行動計画(JCPOA)で合意した経緯がある。
問題は、イランにとって米国と交渉テーブルに座ることは容易ではないことだ。イラン革命後、「米国に死を」、「米国は大サタン」と叫んできた同国の対米外交を180度変更し、トランプ政権と交渉に応じるわけにはいかないからだ。
イラン革命部隊のモハマッド・アリ・ジャファリ指揮官は、「イランは北朝鮮ではない。国民はわが政府に米国と交渉する権限を付与していない」(オーストリア日刊紙プレッセ8月8日)と述べている。
実際、ロウハニ大統領は8日、テヘランで北朝鮮の李容浩外相と会談し、「米国は信頼できない国だ」とトランプ政権を厳しく批判している。
対イラン制裁再発動直前の5日、国営イラン航空が欧州旅客機メーカーと購入契約を結んでいたプロペラ機5機がテヘランの空港に到着したというニュースを読んで、イラン国営通信社の在ウィーン国連記者が話した事を思い出した。同記者は「制裁で航空機の部品が購入できないため、イランでは過去、何度も航空機が墜落してきた。だから、テヘランに帰国する時はイラン国営航空を利用せず、トルコ航空を利用する」という。薬局で薬を購入することも難しくなってきている。米国のイラン制裁はイラン国民経済に大きなダメージを与え、その最大の犠牲者は国民というわけだ。
イラン各地で昨年12月以後、失業問題、所得減少、通貨の下落、物価高騰などに抗議するデモが行われている。イラン南西部のフーゼスターン州やイスファハンでは水不足で地元当局に激しい抗議行動が起きている。彼らは指導者の腐敗や権力乱用などにも抗議したという。
ちなみに、イランで2009年、同じように反政府デモがあったが、その原因ははっきりしていた。マフムード・アフマディーネジャード大統領(任期2005~13年)の不正疑惑に抗議するデモだった。100万人以上のイラン国民が路上に出て抗議した。今回の反政府デモの特長は、国民経済の停滞に抗議する一方、「独裁者に死を」、「われわれはイスラム共和国を願わない」といった過激な政治的スローガンすら飛び出してきていることだ(「イランで今、何が起きているのか」2018年1月5日参考)。最近は、「ガザ地区やレバノンではない。われわれはイランに住んでいるのだ」と主張し、対外軍事支援に腐心するイラン当局の外交に対しても抗議が聞かれだした。
イラン議会は8日、ロウハニ同国大統領の側近の1人、ラビイ―労働・協同組合・社会福祉相(62)を解任した。イランでは先月、経済の苦境の責任を取らされる形で、中央銀行総裁が交代したばかりだ。ロウハニ大統領を取り巻く政治環境は厳しさを増している。
テヘランからの情報によると、イランのモハンマド・ ジャヴァード・ザリーフ外相はオマーンを訪問し、ビンアラウィ外相と会談。ビンアラウィ外相はその直後、ワシントンを訪問、ポンぺオ国務長官と会談し、イラン側の意向を伝えたという。それが事実ならば、イランはオマーンに米国との調停を依頼しているわけだ。米国と交渉する以外、イランには他の選択肢がなくなってきたのだろう。
蛇足だが、当方はイラン産のピスタチオが大好きだ。制裁の再発動でイラン産ピスタチオを見つけるのが難しくなるという。当方にとっても対イラン制裁の行方は他人事でなくなってきた。
編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2018年8月12日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。