ハンガリーは欧州の自動車製造工場

ハンガリーのオルバン首相は欧州連合(EU)では久しく“異端児”“問題児”扱いされてきた。ブリュッセルが主導する難民受け入れ政策を批判し、EUの盟主、ドイツのメルケル首相の難民歓迎政策に対し、「間違いだ」と直言してきたこともある。難民問題がEUの最大の議題になる前もメディア政策、司法改革などでオルバン首相の政治姿勢はブリュッセルから「民族主義的」として批判されてきた経緯がある。

▲マジャールスズキ社のエステルゴム工場(ウィキぺディアから)

そのオルバン首相の名誉回復は案外早かった。同首相が主張してきた厳格な難民政策がここにきてEU諸国で受け入れられ、難民が殺到するドイツですら、「オルバンに倣え」という言葉が聞かれるほどまでになった。オルバン首相の難民政策が欧州の主流となってきたわけだ。

オルバン首相が率いる中道右派連合「フィデス・ハンガリー市民同盟」は今年4月8日に実施された国民議会選で第1党を堅持、オルバン首相は通算4期目の長期政権を発足させたばかりだ。ユダヤ系の世界的な米投資家、ジョージ・ソロス氏が1991年、冷戦終焉直後、ブタペストに創設した中央ヨーロッパ大学(CEU)の問題でも“世界のソロス”を相手に戦い、学校をハンガリーから追放してしまった。同首相は国内外で着実にその政治基盤を強化してきている。

そのオルバン政権のハンガリーに世界の主要自動車メーカーが次々と進出している。以下、オーストリア日刊紙プレッセ(8月14日付)の「自動車産業はハンガリーの経済成長のモーター」を参考に、ハンガリーが今日、「欧州の自動車製造工場」となっている現状を紹介する。

世界の自動車メーカーはハンガリーに目を向け、そこに巨額の投資を行ってきた。ハンガリーの魅力は、①低賃金(賃金水準は西側の約3分の1)、②質の高い専門労働力(生産性は高く、能率的)、③脆弱な労働組合(労使間の紛争が回避)、④輸送ルートの完備(地理的にハンガリーは欧州全土と高速道路網で連結され、産業インフラは完備)、⑤ハンガリー政府からの補助金と税優遇―の5点だ。自動車関連の輸出はハンガリーの総輸出の3分の1にもなるという。

ドイツの自動車メーカー、BMWは最近、ハンガリー東部デブレツェン市で10億ユーロを投資し工場を建設することを明らかにしたばかりだ。ドイツ・メーカーとしては既にオペルがセントゴットハールド市で、フォルクスワーゲングループに属するアウディは1993年、北西部のジェール市で自動車用モーターの製造を始め、メルセデス・ベンツは2012年に同国中部ケチケメート市で自動車製造の操業を始めている。日本の自動車メーカーとしてはスズキ(正式・マジャールスズキ)が1992年に北部エステルゴムに工場(従業員5700人)を建設し、小型車スプラッシュなどを製造している、といった具合だ。

プレッセ紙によると、BMWが進出する地域は失業率が相対的に高いので、労働力の確保には問題ないという。自動車メーカーの進出は地域復興にもつながるから、地元から歓迎される。多くの労働者は「ドイツ自動車メーカーで働くことは名誉だ」という。BMWが工場を建設するデブレツェン市には空港があり、交通の便もいい。工場が操業を始めれば、年間15万台の自動車が製造される予定という。

同紙の指摘によれば、ハンガリーの国民経済が欧米の自動車産業に依存度を深め過ぎることに一抹の懸念の声も聞かれるという。例えば、トランプ米大統領が欧州の自動車に追加関税をかければ、ドイツの自動車メーカーは大きなダメージを受ける。そうなれば、モーターや部品を製造するハンガリー工場にも影響が出てくることは必至だ。

そのような不安を吹っ飛ばすほど、オルバン首相には目下“勢い”がある。その運勢に乗ってハンガリーは“欧州の自動車工場”として売り出してきたのだ。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2018年8月20日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。