(新聞通信調査会が発行する「メディア展望」8月号の筆者原稿に補足しました。)
英オックスフォード大学に設置されているロイター・ジャーナリズム研究所は、毎年、世界各国のデジタルニュースの利用状況を調査し、これを「デジタルニュース・レポート」として発表している。
最新版(6月発表)は7回目のレポートになる。英世論調査会社YouGovが、37か国・地域の約7万4000人を対象に今年1月末から2月初めにかけて調査した。
対象地域はインターネットの普及率が高く、民主化が達成されている国が中心で、欧州の比率が圧倒的に高い。中国、中東及びアフリカ諸国は入っていない。調査の資金は米グーグル、英BBC,英国の通信・放送監督組織「オフコム」、各国の大学などが提供している。
レポートは、「概要」(セクション1)、「さらなる分析と国際比較」(セクション2)、「国ごとの分析」(セクション3)に分かれている。
今回、日本の項目の中で朝日新聞の信頼度が産経新聞よりも低くなり、これを指摘した複数の記事(「朝日新聞の信頼度、五大紙の中で最下位 産経新聞を下回った理由とは」木村正人氏、ヤフー個人ニュース、6月20日付、「朝日の『信頼度』が産経以下にーロイター研調査」島田範正氏、ブログ「島田範正のIT徒然」6月19日付など)を目にした。
「概要」で指摘された特徴を紹介するとともに、日本の項目を少々詳しく見てみたい。
米でフェイスブックが人気下落
今回の調査は、「様々な種類の情報源に対するオーディエンスの懸念」について深い知識を得ることを主眼とした。「フェイクニュース」の流布、プラットフォーム側(米テック大手)の規模拡大に対する不安感が世界的に広がっているためだ。
特徴のいくつかを紹介すると、
(1)ニュース源としてソーシャルメディアを利用する割合が米英仏で減少したが、これはフェイスブックへの依存率が下がったことによる。
(2)代わりに利用率が増えたのがメッセージ・アプリだった。
(3)ニュースの信頼度は平均44%で安定しているが、ソーシャルメディア上で見たニュースの信頼度は23%に下がる。
(4)ネット・ニュースがフェイクか真実かを気にする人の比率は54%。ソーシャルメディアの利用率が高く、政治が分断化している国(ブラジル、米国、スペイン)で特に高い。
(5)フェイクニュースを駆逐する責任はメディア(75%)やプラットフォーム(71%)に求める傾向が高い。
(6)欧州とアジアではフェイクニュース対策に政府の関与を望む人が多いが、米国はその比率が低い。
(7)初めて調査対象とした「ニュース・リテラシー」については、リテラシーの高い人はテレビよりも新聞をニュース源として選ぶ傾向がある。
(8)放送局によるメディアの信頼度は新聞やデジタルのみのサイトよりも高い。
(9)オンラインニュースを有料購読する人の比率はスカンジナビア諸国で高い。
(10)米英、スペインでメディア媒体の会員になる制度やそのほかの寄付金制度が浸透してきたが、特定の政治信条に基づく場合が多く、特に若者層にその傾向が強い。
(11)プライバシー情報に対する懸念から、アドブロックを使う人は27%に到達した。
(12)テレビは継続して重要なニュース源となっているが、視聴者数は減少している。
(13)ポッドキャストが人気。
(14)「アマゾンエコー」や「グーグルホーム」の利用が拡大し、将来的に大きなニュース源の1つとなる見込みがある、など。
日本の市場分析
第3部の中にある、日本についての分析を見てみる。この部分の書き手はロイター研究所の元フェローで、共同通信の澤康臣記者である。
メディアの信頼度に関しての記述を訳してみると(カッコ内は筆者による補足)、
「私たちの調査ではNHKと日経が最も信頼されている2つのニュース・ブランドであったが、非常に保守的な産経新聞を含む5大主要全国紙の中で、朝日新聞が最低であったことは特筆に値する」
「過去数年にわたり、リベラル系高級紙(朝日新聞)は保守系与党・自由民主党の政治家や右派系メディアの両方から批判されてきた」
「安倍晋三首相はある疑惑についての朝日新聞の反応に対し、フェイスブックにこう書いた。『哀れですね。朝日らしい惨めな言い訳。予想通りでした』」
「別の件では、別の保守系議員足立康史氏(日本維新の会所属)が『朝日は万死に値する』とツイートし、右派系の(複数の)雑誌は『朝日は廃刊されるべきだ』などの見出しを付けた記事を掲載した」
「さらなる分析によれば、朝日に対する信頼感が弱まったのは、こうした声高で党派心が露わな右派系の批判者が抱く(朝日に対する)強い不信感の結果ともいえる」
「今回の調査が行われた後で、朝日は政府を揺るがせ、安倍首相の支持率を大幅に減少させたいくつもの暴露記事を掲載した。今年の調査にはその影響は反映されていない」。
以上が引用部分である。
信頼度のランキングを見てみよう。
「その媒体を聞いたことがある」という人の中で、NHKニュースは信頼度が10点満点中6.23のスコアを得て首位に立った。
これに続くのが日経(6.08)、地方紙(5.87)、日本テレビ(5.86)、TBS(5.78)、読売新聞(5.76)、テレビ朝日(5.7)、産経新聞(5.68)、フジテレビ(5.64)、毎日新聞(5.63)、朝日新聞(5.35)、ハフィントンポスト・ジャパン(5.26)、バズフィード・ジャパン(5.15)、週刊新潮(4.88)、週刊文春(4.63)。
ランキングの読み方は?
このランキングをどう評価するべきか。
2014年、朝日新聞は調査報道で間違いを犯し、当時の社長が引責辞任している。これを朝日の報道への信頼度が下落した理由と見ることは可能で、確かに「尾を引いている」(先の木村氏の記事)部分もありそうだが、筆者にはもう1つの面が見える。
社長の引責辞任前後の保守系メディアや政治家による「朝日バッシング」が強烈だったことを思い出すと、澤氏の分析は信頼度を下落させるほどの勢いを持った日本の右派系ポピュリズムをちくりと批判している、と思うのである。リベラル系毎日新聞も、産経新聞の下になっていることに注目したい。
「産経よりも下位だった」ことは、今回ネット言論でよく散見された「それ見たことか、朝日」ではないはずだ(先の2つの記事がそう言っているというわけではない)。少なくとも、右派系ポピュリズム・メディアの報道が(超)過激だったことも示すのである。
次回の調査で、朝日新聞への信頼度がどう変わるかが注目だ。
ほかに日本の特徴として、オンラインニュース部門ではヤフーニュースが圧倒的な位置を占めていること(これは以前のレポートでも指摘されてきたが、新聞社サイトがデジタル化に出遅れている間に、ヤフーニュースが急速に拡大したことが主因と思われる)、フェイスブックをニュース源として使う比率が他国と比較してかなり少ないこと(日本は9%で最下位)が挙げられている。
澤氏は、その理由を実名参加を原則とするフェイスブックの方針に日本人がなじまないことが一因ではないかと指摘している。
日本で最も人気があるソーシャルメディアはユーチューブ(51%)で、ニュース源として使っている人は19%。これにツイッター、ライン、フェイスブック、ニコニコ動画、インスタグラムが続く。
日本ではオンラインニュースにお金を払う人は10%。全37カ国・地域中、26番目だ。アドブロックの利用率は17%で、36位。
ニュースを受動的に受け取る日本人
また、日本ではオンラインニュースを基に何らかの行動を起こす割合(「参加度」とも言えよう)が極端に低い。
例えば、ニュースをソーシャルメディアあるいは電子メールでシェアする割合は13%、ソーシャルメディアやウェブサイトのコメント欄を使ってニュースにコメントを残す割合は8%のみ。どちらも対象国・地域の中で最下位である。ブラジルではシェア率は61%、コメントを残す比率は38%で最高位。ニュースを大いに活用していることが分かる。
日本では、何故ニュースを他国のように能動的に活用していないのだろうか?何か文化的な理由があるのだろうか?この点の分析が読みたい気がする。原因を探り当て、参加度を上げることが出来れば、オンラインニュースの購読者増加や滞在時間の長期化などに大きな力を発揮するかもしれない。
編集部より;この記事は、在英ジャーナリスト小林恭子氏のブログ「英国メディア・ウオッチ」2018年9月6日の記事を転載しました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は、「英国メディア・ウオッチ」をご覧ください。