ソウル市民の反応はこうだった
先月の文在寅大統領の訪朝の際、私はソウルに行き、現地で市民の声を聞いた。「歴史的な一歩」とする熱狂的な支持の声が多く聞かれるかと思ったが、実際には、そのような声はほとんどなかった。
ソウル市民たちは大統領の訪朝を「どうなるかなあ」、「急ぎ過ぎでは」、「難しい」、「やれるだけやってみればよい」などと冷めた目で見ていた。反対する者もなく、肯定する者もいない、距離を置いて眺めているようだった。
韓国のテレビ各局は、文大統領の訪朝の様子を一部始終、中継で放送し、その成果を大絶賛していた。市民のインタビューも、訪朝を支持する声ばかりを紹介する。韓国メディアの世論調査では、文大統領の訪朝を「支持する」と答えた人の割合は、メディアごとに差があるものの、70~80%に上る。しかし、それは「積極的な支持」というよりはむしろ、「期待を込めて」という意味での「消極的な支持」が多いのではないかと思う。
保守野党の声は届かない
韓国では、崔順実ゲート事件以降、保守野党の自由韓国党に対する不信感が根強い。その不信感が反動として、文政権への支持となって現れる。
保守野党の有力議員たちがいくら文政権のおかしさを強調しても、その声が国民に届かない。「美しすぎる議員」として有名で(日本では2016年、「独島訪問国会議員団」を率い、竹島に不法上陸したことで有名)、発信力も抜群な羅卿ウォン(ナ・ギョンウォン)議員は「北朝鮮はパキスタンのような核保有国になろうとしている。この国の未来を文政権に託すことは危険」と述べ、警鐘を鳴らすが、国民には届かないのである。
文大統領は平壌宣言とともに、海上の軍事境界線にあたる北方限界線(NLL)の以南50キロの領海と領空で軍事訓練や艦艇の出入りを禁止する南北軍事合意書を締結した。これは事実上の韓国の武装解除であり、ソウルを「ふんどし一丁」にするものだ。自由韓国党はこの合意を激しく非難している。保守団体の「自由大連合」がソウル市内で約1000人、合意に反対する集会を開くなど、一部に呼応する動きもあったが、全体として、ほとんど影響はない。
スポンサーとしての力
6月の韓国統一地方選では、文在寅政権の高支持率を背景に、与党の「共に民主党」が圧勝した。自由韓国党の支持回復はまだまだ遠い。
文政権・与党が政権基盤を固めている一つの要素として、韓国財閥企業が自由韓国党を裏切って、「共に民主党」支持に回ったことが挙げられる。崔順実ゲート事件で、汚職疑惑を追求されている財閥企業重役たちが無数にいる。彼らは李明博(イ・ミョンバク)政権・朴槿恵(パク・クネ)政権の2代に渡り、保守政権を支えてきた。叩けばいくらでもホコリは出る。彼らを生かすも殺すも、現在の当局次第である。
5日、李明博元大統領に収賄罪などで、懲役15年の実刑判決が出た。「共に民主党」は元大統領を「詐欺大統領」と語気を強め、批判している。一方、自由韓国党は口をつぐんでいる。
今や財閥は露骨に文政権・与党にスリ寄っている。そのことが最も顕著に現れているのがテレビ報道である。韓国では昔から、財閥はスポンサーとして、テレビ局に大きな影響力を持つ。財閥の言うことはテレビ局にとって、「絶対」である。文大統領の訪朝を「歴史的な一歩」と絶賛し、国民が熱烈に支持をしているかのように演出・粉飾することなど朝飯前だ。
サムスンの李在鎔副会長のアピール
文大統領は今回の訪朝団に財閥首脳らを随行させた。サムスンの事実上のトップの李在鎔(イ・ジェヨン)副会長や、SKグループ、LGグループのトップとヒュンダイの副会長らが特別随行員として訪朝した。サムスンの李在鎔副会長は北朝鮮首脳らとの会合の場で、「平壌の建物にサムスンの経営哲学と同じ『人間中心』と書かれるのを見て驚いた。同じ民族だと感じた」と発言し、文大統領や北朝鮮の歓心を買おうとした。
李在鎔副会長は崔順実ゲート事件で有罪判決を受けたが、控訴審で執行猶予扱いとなった。当局に首根っこを掴まれ、政権に媚びるのに必死だ。李在鎔副会長の「同じ民族」発言を聞いた北朝鮮首脳は「李先生は色々な意味で有名ですね」と応じたという。その場にいた者は失笑を禁じ得なかったに違いない。
財閥の節操の無さは今にはじまったことではない。軍事政権時代から、権力者にホイホイ追従するのが彼らの本分である。裏切りと陰謀が渦巻く社会、これが韓国社会の実相だ。
いずれにしても、文政権が財閥の支持を固めている限り(たとえ強制的なものであったとしても)、保守野党がこれを突き崩すことは容易ではない。