FP、マネーステップオフィス代表取締役 加藤 梨里
いつでも、どこでも、だれでも、気軽にできる体操として知られているラジオ体操。1928年に制定されて以来、NHKラジオ・テレビで毎日放送されるなど多くの国民に親しまれ、職場の朝礼の定番にもなりました。近年は従業員が揃って一斉にラジオ体操をする企業はあまり見かけなくなった印象もありますが、実は最近になって再び注目されつつあります。
「みんなの筋肉体操」が話題に
特に話題となったのが、8月にNHKで放送された「みんなで筋肉体操」です。ラジオ体操とともに親しまれている「みんなの体操」に似たネーミングもさることながら、出演する男性の筋肉美と番組終わりの「筋肉は裏切らない」という決めゼリフの圧倒的なインパクトで、放映後すぐに大反響を呼びました。23時50分という深夜、かつたった5分間の番組が、日夜を問わずSNSの話題に上り、NHK公式アカウントが公開した番組動画は100万回以上再生されました。多数の要望に応えて、続編の放送も検討されているといいます。
従来のラジオ体操というと、夏休みの小学校や職場の朝礼で皆が整列して一斉に行うイメージがありました。統制や一体感の醸成を思わせるその形は、職場環境の変化や働き方の多様化なども影響してか、ことデスクワーク中心の職場ではあまり見かけなくなりました。今でも、肉体労働の多い職場では労災防止の観点から朝礼時などに行う企業は多いものの、何もしない職場も少なくないようです。
神奈川県立保健福祉大学健康サポート研究会が2011年度に行った調査によると、ラジオ体操を定期的に行っている企業は建設業や運輸業の約55%。一方で、こうした業種であっても体操を一切実施していない企業も約36%あるのです。
実年齢より若くなった?ラジオ体操の経営への効果
しかしながら、職場での運動は経営管理の面でも重要です。ひとつは体を動かして健康を増進し、生産性を高める効果、もうひとつは転倒やケガなど労災事故を防止する効果です。
ラジオ体操はこれらの効果に寄与しうることが科学的にも検証されています。同研究会が55歳以上の人を対象に平成25年度に行った調査では、ラジオ体操を継続的に行っている人は、体内年齢が実年齢より10~20歳若く、歩行能力、筋力、血管年齢、呼吸機能も実年齢より若く、また健康に自信をもっている傾向が確認されています(出典:ラジオ体操の実施効果に関する調査研究)。
そこで、こうした効用を経営の観点から活かそうとする企業も現れています。
歩数計やタニタ食堂などでおなじみのタニタは、従業員の健康増進を推進する全社的な取り組みのなかで、歩数計の配布や健康指導とともに毎朝のラジオ体操を実施し、医療費の削減効果をあげています。
ラジオ体操からオリジナル体操への展開
全国民に一般化されたラジオ体操以上に愛着をもって取り組めるよう、地域や働き方の特徴にフォーカスしたオリジナルの体操を開発する例もあります。
兵庫県下の中小企業が加盟する神戸経済同友会は「神戸ドーユー体操」を制作。狭いオフィス空間でも手軽にできるストレッチ・体操DVDを制作し、会員企業に配布しています。動画内で流れる音楽には映画やミュージカルで聞きなれたジャズが採用され、港町神戸らしさを演出しています。
協会けんぽ岡山支部では健診データを分析し、働く人のさまざまなシチュエーションに合わせたオリジナルの体操「スマトレ(スマートストレッチ)」を制作。協会けんぽ加入企業にはリーフレットや音楽CDを提供しています。脚を開きにくいスカートで就業する女性にも無理なくできる「女性向けバージョン」や、車を運転する人向けの「運転者バージョン」もあるのが特徴です。
現場に合わせた体操で職場の事故が減少
現場の状況や社風に合わせた体操を制作しているところもあります。ヤマハ発動機は、約20年前から実施していたオリジナルの体操を刷新。オフィス勤務、工場勤務双方の従業員に実施しやすく、効果を期待できる動きを入れた5分程度の体操「Revストレッチ」を制作しました。制作には同社がスポンサーを務めるサッカーのジュビロ磐田のコーチが協力し、動画には同社商品であるバイクのエンジン音が流れるなど、オリジナリティのある内容です。
JFEスチールのオリジナル体操「アクティブ体操®」は、肩こりや腰痛の予防に向け筋トレとストレッチを組み合わせたPartⅠと、転倒予防のために下肢筋力や股関節の動きを中心としたPartⅡの2種類を用意。デスクワーク中心の社員にはおもにPartⅠ、製鉄所など作業労働中心の社員にはPartⅡによるリスク軽減を図りました。他の対策と合わせて行った結果、筋骨格系の疾患による休業日数や転倒災害が減少したそうです。
モチベーションを上げる仕掛け
企業全体での健康効果を得た事例もあるものの、効果を維持するには従業員一人一人が体操を続けることが重要です。ただ、自分の健康が身をもって改善したと実感するのは簡単ではありません。モチベーションを維持するには、続けてもらうためのしかけづくりも大事でしょう。
冒頭の「みんなで筋肉体操」は、筋力トレーニングとしてはかなり負荷の高い内容で構成されているにもかかわらず、それまで筋トレに関心のなかった人も思わず挑戦したくなるしかけが随所に見られました。そのひとつが、出演者の美しく鍛え上げられたボディラインです。ビジュアルのクールさは、体操のモチベーションを上げる好材料になるはずです。
特定の職場向けの体操で、その活用の幅を拡げる仕掛けが行われているものとして「けんせつ体幹体操」があります。
建設現場や工事現場向けに、元々は2016年に建設業振興基金などで構成されるけんせつ体幹体操製作委員会により労災事故防止につなげるために考案されたものですが、今年AIGが制作したスペシャル動画では、ラグビーニュージーランド代表のオールブラックスの選手が出演して関心を高めるのに一役買っています。
日々の業務の中ではマンネリ化しがちな体操も、一流のアスリートと一緒に体を動かせばやる気が高まるかもしれません。
加藤 梨里(かとう りり)
ファイナンシャルプランナー(CFP®)、マネーステップオフィス代表取締役
保険会社、信託銀行を経て、ファイナンシャルプランナー会社にてマネーのご相談、セミナー講師などを経験。2014年に独立し「マネーステップオフィス」を設立。専門は保険、ライフプラン、節約、資産運用など。慶應義塾大学スポーツ医学研究センター研究員として健康増進について研究活動を行っており、認知症予防、介護予防の観点からのライフプランの考え方、健康管理を兼ねた家計管理、健康経営に関わるコンサルティングも行う。マネーステップオフィス公式サイト
この記事は、AIGとアゴラ編集部によるコラボ企画『転ばぬ先のチエ』の編集記事です。
『転ばぬ先のチエ』は、国内外の経済・金融問題をとりあげながら、個人の日常生活からビジネスシーンにおける「リスク」を考える上で、有益な情報や視点を提供すべく、中立的な立場で専門家の発信を行います。編集責任はアゴラ編集部が担い、必要に応じてAIGから専門的知見や情報提供を受けて制作しています。