テイラー効果は、2004年の“Vote or Die!”を超えられるか

アメリカで絶大な人気を集める歌手、テイラー・スウィフトが沈黙を破りました。11月6日の中間選挙で、テネシー州の民主党候補を支持するとインスタグラムで表明、選挙登録を呼び掛けたのです。


(出所:Instagram

1億1,200万人ものフォロワーを誇る紛れもないインフルエンサーなだけに、効果は抜群。Vote.OrgとCNBCによれば、テイラーの投稿から24時間以内に18~29歳の若者、6万5,000人が選挙登録を済ませ、その数は2日後である8日の正午までに10万人を突破しました。そのうち、7割が25歳以下だったといいます。なお、以下のNVRDは全米有権者登録日(National Voter Registration Day)を指します。


(出所:Vote.org via CNBC 

あれだけ白熱した2016年の大統領選(民主党の予備選含む)では政治的なコメントを控えていたにも関わらず、一体どうしたのでしょうか?

単純に考えて、女性問題を数多く抱えるトランプ政権発足時に広がった#MeTooブームに乗るなら今が好機と判断したのでしょう。タイム誌の「今年の人」にサイレント・ブレーカー(沈黙を破った人)が選出された後も、ハリウッドの大物プロデューサーから放送局CEOまで、多くの男性がセクハラ問題で辞任、逮捕・訴追に発展するケースが相次いでいます。

また、米上院では同日にブレット・カバノー氏の最高裁判事就任が承認されたばかり。ノーベル平和賞受賞者も、今後の武装勢力からの性的暴力被害者救済に携わった産婦人科医のムクウェゲ氏や、イスラム過激派“イスラム国”の元姓奴隷で、人権活動家のナディア・ムラド氏など、性的暴力被害者に立ち向かう方々でしたよね。

この時点での民主党支持表明は、道徳的にも人道的にも、賢明と判断したように見えます。余談ですが、持続可能な成長をいかに創造するかを研究したノードハウス氏とローマー氏のノーベル経済学受賞も、パリ協定を離脱し米国第一をひた走るトランプ大統領への牽制と想像するのは、筆者だけではないような。

テイラーと言えば、今でこそポップ・アイコンであるものの、デビュー当時は保守派の多い南部を代表するカントリー歌手という設定でした。今回の民主党支持表明は、共和党寄りの支持者にしてみれば、裏切りも同然。しかし、テイラーと言えば、その成功を単なるCDやコンサート・チケットの売上に依存せず、収益確保に頭脳戦を駆使してきたアーティストです。

口さがない方々は「新しい彼氏が民主党支持者なんだ」と揶揄していますが(一応申し上げるとイギリス人俳優のジョー・アルウィン)、一部のファン離れを引き起こすリスクを冒しても、勝算があったのは想像に難くありません。しかも、お金持ちになる方法を実践しているであろう、テイラーちゃんですからね。

チーム・テイラーのビジネス戦略は抜かりなく、今年に入ってからはダフ屋を締め出した収益拡大路でアッと言わせましたね。①ファンがチケット販売会社で”ファン認証”を登録し、②テイラーのミュージック・ビデオ視聴やアルバム、関連商品の購入履歴を積み上げ、③チケット購入のための自身の順位を上げる――といった一連の作業により、確実にチケットを入手する画期的なシステムを構築しました。このシステムの相乗効果からか、アルバム“レピュテーション”は過去2年間で200万枚セールスを達成した僅か2枚のうちの1つに数えられています。

もう一つ、テイラーが民主党を支持した理由として想像するなら、カニエ・ウエストの存在があったかもしれません。2009年のMTVビデオ・ミュージック・アウォードで、テイラーの受賞ピーチ中にカニエがステージへ上がり「ビヨンセこそ受賞すべきだった」と中断させた因縁の対決がありましたよね。

そのカニエ、もともとはオバマ信奉者だったのですが、今ではすっかり奥様のキム・カーダシアンと共にトランプ支持者なんですよね。カニエはブッシュ元大統領(子)に対し、「黒人を重要視していない」と痛烈に批判していましたが、トランプ氏は違うといいます。2024年の大統領選出馬のポスターを4月頃に貼り出していたように、自身の政治キャリアにトランプ氏の存在が有効と映ったのでしょうか。トランプ支持表明後、ツイッターやインスタグラムでの攻撃に直面し、何度も閉鎖に追い込まれたりしていますけどね。

テイラーとカニエの抗争はともかく、SNSが普及した今、テイラーなどインフルエンサーの呼び掛けへの影響力が試されます。と言いますのも、2004年の大統領選では黒人ラッパーのP.Diddyや50セント、歌姫マライア・キャリー、カニエの妻キム・カーダシアンの友人だったセレブのパリス・ヒルトンなどが結集し、民主党のケリー大統領候補への支援キャンペーン”Vote or Die!”を展開しました。


(出所:Twitter

スローガンの「Vote or Die!(投票せよ、さもなければ死を)」は、アメリカ建国の父で100ドル札紙幣の顔、ベンジャミン・フランクリン氏の名句「Join or Die(結集せよ、さもなければ死を)」に因んでいます。結果は、歴史が証明済みですよね。当時、リベラル系のニューヨーク・タイムズ紙など皮肉たっぷりにマーケティング戦略の失敗と報道していたことは記憶に新しい。

テイラーが音楽界に届けた新風は、政治にも通用するのか、お手並み拝見です。

(カバー写真:Eva Rinaldi/Flickr)


編集部より:この記事は安田佐和子氏のブログ「MY BIG APPLE – NEW YORK -」2018年10月10日の記事より転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はMY BIG APPLE – NEW YORK –をご覧ください。