実家の旅館の人手不足の実態(特に夜間業務や早朝の朝食対応など)も聞いているので、産業界の切実な要望は理解しますが、この問題について、短期的な経済の論理だけで拙速に対応するのはとても危険です。
まずは、できれば、党派対立、労使対立を超えて、経済、社会、教育、医療、福祉、文化など多様な視点を糾合する国民会議的なものを作って議論するのが王道だと思います。
一部の野党は、場合によっては右派と連携して、この問題で自民党内に楔を打ち込み、参院選の争点にしようとするかもしれませんが、この問題で党派的対立が激化し、社会的対立や分断を生むのは本当に危険です。このままだと野党は「移民反対」というレッテル貼りを政争の具にして、夏の選挙でプラカードを掲げて戦っている姿が目に浮かびます。
安倍政権にも問題があります。入国管理は、国別にきちんとした戦略を描きつつ厳格にコントロールする必要がありますし、同時に、教育や福祉、そして文化政策なども含めて、増加する外国人の方々を含めた社会包摂の方策を整備しないと、社会の分断、差別を助長すると思います。
今回の措置にそれらが含まれず、なし崩しに来年4月以降行政の裁量で、大幅な外国人労働者の受け入れを不可逆的に進めるのは、いくらなんでも場当たり的です。
その意味で、安倍政権にも自制を求めたいけれど、野党も声高に安倍政権だけを批判するのは無責任です。
本来なら、少子高齢化に伴う外国人労働者の受け入れ問題について国民的な議論を行うことなく、なし崩しに外国人研修生の増加を是認し、コントロールのあり方を議論してこなかったのは、自公政権のみならず、民主党政権の問題でもあります。
ましてや多様性を重視するリベラル政権を標榜しつつ、この問題についての本質的な議論を先延ばしにしてきたことをまず反省し、ビジョンを示すべき責任は、旧民主党系の野党にこそあるのではないかとも思います。
これまで、ある意味では党派を超えて、政界のタブーとして、どの党も着手してこなかった問題を俎上に上げた安倍首相、菅長官の問題提起に一定の評価を与えつつも、一旦それを撤回ないし棚上げし、その代わり、与野党それぞれが党派的利益を捨てて、政労使学メディアなど各界の参加も得て、国民論議を行うべきではないでしょうか?
かといって、単にこの問題を、これまで通り先延ばししても、外国人労働者問題は水面下で深く進行するだけだと憂慮します。
参議院選挙前は政争の具となる可能性が高いことを考えれば、例えば、来年秋までの一年という時限を切って、多角的、総合的な議論を行ってほしいところです。ことは日本の将来を左右しかねない本質的な問題と思うゆえに、与野党ともに冷静かつ思慮深い対応を望むところです。
松井 孝治(まついこうじ)元内閣官房副長官、慶應義塾大学教授
1960年京都生まれ。東大教養学部卒業後、通産省入省。橋本政権下では内閣副参事官として「橋本行革」の起案に携わった。通産省退官後、2001年の参院選で初当選(京都選挙区)。民主党政権では鳩山政権で内閣官房副長官。13年7月の参議院2期目の任期満了を持って政界を引退。現在は慶應義塾大学総合政策学部教授。
編集部より:この記事は、松井孝治氏のFacebook 2018年10月26日の記事を転載させていただきました。転載を快諾いただいた松井氏に心より感謝いたします。