サウジアラビアの反体制派ジャーナリストのジャマル・カショギ氏殺人事件はサウジ側の計画的な犯罪が濃厚となってきたが、それに呼応してサウジへの制裁論が活発化してきた。
英国は事件に関係した容疑者に対し入国禁止。フランスのマクロン大統領はサウジ国王と電話会談で制裁の実施の意向を表明し、対サウジ軍需品輸出を停止することを示唆したという。昨年、サウジと総額13億8000万ユーロの軍需品輸出を締結しているフランス側にとっても大きな経済的痛手だろう。ドイツのメルケル首相も、「サウジとのさらなる軍需品輸出交渉は停止する」と述べている、といった具合だ。
サウジと巨額の軍需関連物資輸出契約を締結したトランプ米政権はカショギ氏殺人に関係した21人のサウジ関係者の米国入国禁止などを決めたが、軍需輸出停止はまだ検討中という。ポンぺオ国務長官は、「捜査結果次第でさらなる制裁が実施されるだろう」と述べるに留めている。
米紙ワシントン・ポストによると、米中央情報局(CIA)のジーナ・ハスペル長官が23日、トルコを訪問し、イスタンブールのサウジ総領事部内でのカショギ氏殺害状況を録音した音声記録を聞いたという。トルコ側はメディアにリークするだけで、音声記録をこれまで誰にも聞かせてこなかった。米CIA長官がそれを聞いたとすれば、米国はサウジ指導部が事件に直接関与したことをこれ以上曖昧にできなくなるだろう。
欧州議会は24日、ストラスブールでサウジにカショギ氏殺人事件の全容解明を要求する決議案を採択し、報道の自由とジャーナリストの権利擁護などを求めた。欧州議員の中からはサウジへの軍事輸出を全面停止を求める声も出た。
オーストリアのクナイスル外相は、「EU(欧州連合)レベルで対サウジ武器輸出全面禁止を決めるべきだ。イエメン戦争やカタールの危機を解決するためにもEUは共同制裁が重要だ」と述べている。
ところで、EUの下半期議長国オーストリアでは目下、サウジ主導の宗派間の対話フォールム「宗教・文化対話促進の国際センター」(KAICIID)の閉鎖要求が出ている。オーストリアの野党「リスト・ピルツ」は24日、KAICIIDの閉鎖を要求する動議を議会に提出したばかりだ。
ウィーンに事務局を置くKAICIIDは2012年11月26日、サウジのアブドラ国王の提唱に基づき設立された機関で、キリスト教、イスラム教、仏教、ユダヤ教、ヒンズー教の世界5大宗教の代表を中心に、他の宗教、非政府機関代表たちが集まり、相互の理解促進や紛争解決のために話し合う世界的なフォーラムだ。設立祝賀会には日本から立正佼成会の庭野光祥・次代会長が出席した(「サウジ主導の宗派間対話は本物か」2014年10月21日参考)。
サウジ主導の同機関に対しては、設立当初から批判の声はあった。サウジのイスラム教は戒律の厳しいワッハーブ派だ。実際、米国内多発テロ事件の19人のイスラム過激派テロリストのうち15人がサウジ出身者だった。同国ではまた、少数宗派の権利、女性の人権が蹂躙されていることもあって、人権団体やリベラルなイスラム派グループから「国際センターの創設はサウジのプロパガンダに過ぎない」といった声が絶えなかった。
ちなみに、サウジはイスラム教スンニ派過激テロ組織「イスラム国」(IS)に対して批判してきたが、シリア内戦では反アサド政権グループで戦っていたISを支援していたことは周知の事実だ。
サウジはイスラム教のスンニ派の盟主だが、ワッハーブ派に属し、厳格な原始的イスラム教回帰を目指す根本主義的傾向が強い。一方、カショギ氏殺人事件で窮地に立つサウジを追求するトルコのエルドアン大統領はイスラム根本主義組織「ムスリム同胞団」を支持し、イスラム法を国是とした国家を目指している。
すなわち、カショギ氏殺人事件は時間の経過と共に、ワッハーブ派と「ムスリム同胞団」の2つにイスラム教内の根本主義を標榜するイスラム教国間の覇権争いの様相が深まってきたわけだ。具体的には、ムハンマド皇太子とエルドアン大統領との争いだ。サイコロは既に振られた。カショギ氏殺人事件前にはもはや戻れない。
編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2018年10月28日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。