ホームレスが問う「国家」とは何か

ハンガリーで今月15日、「宿無し(ホームレス)規制法」が施行された。それによると、ホームレスを見つければ、警察官は路上や公共場所で眠らないようにまず警告する。3度警告を受けたホームレスが移動しない場合、警察は罰金か公的奉仕を義務づけることができる。すなわち、路上のホームレスは犯罪人扱いにされる。 同法案は今年6月、2013年の関連法を改正したもので、賛成多数で採択された。

▲ブタペストの夜景(ハンガリー政府観光局公式サイトから)

中道右派のオルバン政府は町からホームレスを追放し、町の治安と清潔さを取り戻す狙いがあるのだろう。しかし、予想されたことだが、人権グループや法律家、弁護士たちは「人権擁護を明記したハンガリーの憲法に反する」として「ホームレス規制法」の撤回の署名運動を開始した。ホームレスを切って捨てる人がいる一方、それを救う人も出てくるわけだ。

外電によると、ハンガリーに約2万人のホームレスが存在し、そのうち公共の緊急収容施設に厄介になれるホームレスの数は約1万1000人。残りは外で眠らざるを得ない計算になる。

パリの政治家たちがセーヌ河沿いに住む宿無しや難民を追放するために強制移動させたことがあった。東京で夏季五輪大会が開催されるから、東京の駅周辺のホームレスを追放しようという政治家の話も聞く。

政治家とホームレスの関係はどの国でも余り相性がよくない。ハンガリーだけではない。定住していないから、ホームレスにはどこからも選挙カードが届かないケースが多い。一方、そんな浮動票を当てにはできないから、政治家はホームレスには関心がいかなくなる、といった悪循環だ。

長く路上生活を続けてきたホームレスは政治の刷新や改革といった問題に関心がなくなる。「政治が悪いから俺はホームレスとなった」と政府に不満をぶっつけるのはホームレスになったばかりの新米が多い。 ホームレス生活が長くなると、叫んだとしても状況が改善されることがないばかりか、ひょっとしたら、お世話になっている公共場所から追放されるかもしれない。ジーッと我慢するのが一番、という判断に落ち着く。ホームレスから革命や反政府運動は生まれてこないから、公安関係者はついつい気が緩み、監視も疎かになる、というわけだ。

ホームレスを大きく分けると、4つに分類できる。①文字通り、寝泊まりできるホームがない人、②ホームから何らかの理由で追放されたか、自ら出ていった人、③生来、放浪の人、世の中の人に関与され、監視されることを嫌う人、④は現国家を否定し、特定のファンタジー帝国(無国籍)に住む人々だ。

政府が関与するホームレスは①だろう。政府に財政的余力があれば、②の場合もカウンセリングといったメンタル療法を提供できる。③残念ながら政府は関与できない。④警察関係者が唯一監視しなければならないホームレス(この場合、無国籍)だ。数は少ないが危険なこともある。

興味深い点は、④がドイツで増えてきていることだ。ドイツといえば、欧州の経済大国であり、国民の生活水準も高い。国民は年2回、数週間の長期休暇を取って、世界を旅行する国民だ。ドイツに移住したくて中東や北アフリカから多数の難民・移民が殺到する時だ。そんなドイツの国籍を嫌い、「昔は良かった」として無国籍を選ぶ人々が年々増えているというのだ。「旧ドイツ帝国公民」運動( Reichsburgerbewegung)と呼ばれる人々だ。「旧ドイツ帝国公民」は、ドイツ連邦共和国や現行の「基本法」(「憲法」に相当)を認めない。政治家や国家公務員の権限を認知しない。彼らにとってドイツは過去にしか存在しない(「『ファンタシー帝国』に住む人々」2018年1月31日参考)。

ところで、シリアで3年半余り拘束されていた日本人ジャーナリスト、安田純平さんがこの度無事解放されたというニュースが流れてきた。解放されたジャーナリストに対し、「自己責任」を追及する声と国の国民保護義務を強調する声が聞かれる。「ホームレス」と「国家」の関係に案外似ている。

ホームレスとなったのは基本的には「自己責任」だが、だからといってホームレスを放置できないから、国は何らかの収容場所を準備せざる得ない。国が行くなといった危険地を訪問したジャーナリストは当然、一定の覚悟(自己責任)が必要だが、それでもいざとなれば「助けてください」と叫ばざるを得ない。主張と生き方に首尾一貫性がないジャーナリストとしても、国民となれば、国は助けに乗り出さざるを得なくなる。割が悪い立場だ。

ホームレス(この場合③)もジャーナリストも常にその主張と合致した生き方をしているわけではない。彼らに必要なことは、助けてもらった場合、「ありがとうございました」と感謝の言葉を発することだろう。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2018年10月29日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。