韓国最高裁は、国家間の合意に拘束されないのか?

韓国最高裁の徴用工判決を理論的に考えると、極めて興味深い論点が浮かび上がる。
日韓両政府の合意が成立していたとして、個々人の私権(慰謝料請求権)まで国家間の合意によって消滅してしまうのか、という問題だ。

原告個々人としては、
「政府間の合意に自分たちは参加していない。政府が勝手に合意したからといって自分たちの権利が消滅するのはおかしい」
と考えているのだろうし、最高裁もそれを認めた。

日本でも、厚木基地周辺住民が米軍機・自衛隊機の夜間早朝の飛行差し止めと爆音被害の損害賠償を求めた訴訟がある。東京高裁は、「米軍機の差し止めについては、防衛相の行政権が及ばない」として認めなかった。日米安保条約が締結されているので、個々人の賠償請求は存在しないという判断ではなく。

このように、国家間の合意と、個々人の権利は別物だ。

その前提に立つと、韓国最高裁の原告らの言い分にも一理ある。
彼らは、国家間の合意に参加もしていなければ同意もしていないのだから。
両国政府の交渉に基づく合意によって、個人の権利が奪われる言われはない。

では、国家間の合意は、国家機関である裁判所を拘束しないのかという点が問題となる。

おそらく、日本の裁判所であれば、主権者である国民の代表者で構成する国会と議院内閣制と通じて民主的コントロールが及ぶ行政権の判断を尊重せざるを得ないだろう(明白に違法で不合理な場合を除き)。

キャリア裁判官は民主的に選ばれたわけでもないし、最高裁判事も(形式的な)国民審査に付されるに過ぎない。司法消極主義が働いて、「統治行為論」等で判断を控えるだろう。

ところが、今回の韓国最高裁は行政権が過去に行った行為について自ら判断をした。
現在の立法府や行政府の意向を忖度したのかもしれない。

第三に、韓国内にある新日鐵住金の財産に強制執行ができるかが問題となる?
韓国の法律は知らないが、強制執行を行うのも国家機関である。

強制執行を担当する国家機関も、政府間の合意に拘束されずに粛々と執行ができるのだろうか?

私はこの分野の知識に乏しく、調べている余裕もなかったので、明後日の方向に論を進めているのかもしれない。

国家間の合意が及ぶ範囲、つまり国家間の合意は個々の国民の権利を制限できるのか?
国家機関である裁判所は、国家間の合意を無視した判断ができるのか?
国家間の合意を無視した強制執行を、国家機関である執行機関が行うことはできるのか?

以上、3つの素朴な疑問を本稿では提示したい。
感情論が炸裂する中、ささやかながら理屈で考えようと思ったに過ぎず、知識不足も否めない。
専門家のご教示をいただければ幸いだ。

荘司 雅彦
講談社
2006-08-08

編集部より:このブログは弁護士、荘司雅彦氏のブログ「荘司雅彦の最終弁論」2018年10月31日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は荘司氏のブログをご覧ください。