オーストリアのクルツ政府は先月31日、12月10日から11日にかけモロッコのマラケシュで開催される「安全で秩序ある正規移住のためのグローバル・コンパクト採択政府間会議」で正式に採択される「移民協定」(Migrationspakt)に参加しないと表明した。
アルプスの小国のオーストリアは冷戦時代、東西欧州の懸け橋としての役割を果たし、200万人を越える旧ソ連・東欧共産政権からの亡命者、難民を受け入れてきたことから、「難民収容国」と呼ばれたことがあった。そのオーストリアが国連加盟国がまとめた「移民協定」に参加しないということで、内外から批判と戸惑いの声が出ている。同国のバン・デア・ベレン大統領は「わが国の国際評価を汚す恐れがある」とクルツ政権に警告を発したばかりだ。
国連加盟国が合意した「移民協定」とは何かを国連広報に基づいて少し紹介する。
7月13日、加盟国が過去18カ月以上にわたって協議してきた「安全で秩序ある正規移住のためのグローバル・コンパクト」(Global Compact for Safe,Orderly,and Regular Migration)の最終案(34頁)が成立された。
国連広報によると、国連加盟国が一堂に会し、全体論的かつ包括的な形であらゆる次元の国際移住を対象とする協定について交渉を行ったのはこれが初めてだ。今回の合意は、移住に関するガバナンスと国際理解を改善し、今日の移住にまつわる課題に取り組み、持続可能な開発への移民と移住の貢献を強化するための基盤となるという。すなわち、世界初の包括的な移住に関する枠組みというわけだ。
ミロスラフ・ライチャーク第72回国連総会議長(スロバキア外相兼副首相)は、「グローバル・コンパクトは、私たちの受身的なやり方を、積極的なものに変えることができる。私たちが移住の利益を手にしながら、そのリスクを軽減するのに役立つ可能性もある一方、協力のための新たなプラットフォームを提供できる可能性もある。人々の権利と国家の主権を適切にバランスを取るための参考にすることもできる」と指摘し、最終案の合意を「歴史的瞬間」と歓迎している。
オーストリアがグローバル・コンパクトに参加しないことに対し、アントニオ・グテーレス国連事務総長は「非常に遺憾だ」と表明し、ルイーズ・アルブール国際移住担当事務総長特別代表も「オーストリア政府は何を考えているのか」と失望を吐露しているほどだ。
国連加盟国193国中、190カ国は移民協定を支持している中、オーストリアの不参加は理解できないという声が強いわけだ。なぜならば、オーストリアは同協定の草案作りに積極的に関わってきたからだ。同時に、オーストリアは今年下半期の欧州連合(EU)議長国だ。同協定の最終案がまとまった今年7月の段階では何も不満を表明してなかったから、なおさら「なぜ今になって」というのが他の国連加盟国の偽りのない反応だろう。
米国は昨年末に「移民協定」に不参加を表明。それを追ってハンガリーが7月13日の最終案が成立した直後に離脱の意思を表明している、オーストリアは3番目の国だ。協定から離脱を考えている国としては、オーストラリア、ポーランド、チェコらの名前が挙がっている。
それではなぜオーストリア政府は同協定をここにきて拒否するのだろうか。クルツ政権は中道右派「国民党」と極右政党「自由党」の連立政権だが、自由党が「移民協定」に強い抵抗を感じているからだ。
シュトラーヒェ副首相(自由党党首)は、「移住の権利は人権ではない。グローバル・コンパクトは合法と不法の移住者の区別を明確にしていない」と批判している。「移民協定」の基本的トーンが「移住歓迎」であることに抵抗があるのだろう。メルケル独首相の難民歓迎政策にも通じるわけだ。また、移住者家族の統合促進、集団強制送還の阻止、移住者への雇用保証や生活援助などについても懸念を感じている、といった具合だ。
実際は、「移民協定」は法的拘束力を有していない。加盟国の主権を尊重しているから主権侵害といった恐れはない。あくまで加盟国の移住政策が最終決定権を持つ。協定条項15では、「正規移住かそうでないかは主権国家が決定する」と明記されている。換言すれば、「移民協定」は「移住問題がグローバルな課題である」と明記したシンボル的な価値しかないわけだ。にもかかわらず、シュトラーヒェ党首は、「移民協定は法的拘束力はないが、慣習国際法として適応される恐れがある」と受け取っているわけだ。
オーストリア代表紙プレッセは2日付の社説で、「移民協定にノーを突き付けることはわが国の評判を落とす」と強調している。同紙によると、「ウィーンは3番目の国連都市だ。小国のわが国が国連加盟国の多数が支持する協定に加盟しないことは愚かだ。米国は参加しないが、米国は一国でやっていける大国だ。しかし小国のわが国が大多数の国が支持する協定を拒否することは賢明ではない」と指摘している。
編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2018年11月4日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。