“徴用工”判決後、文在寅はなぜ黙っているのか?

宇山 卓栄

“徴用工”賠償請求運動の推進者は誰か?

10月30日、韓国の大法院(最高裁判所)は元“徴用工”4人に対する賠償金を支払うよう判決を下した。この判決に対し、文在寅大統領は沈黙している。大統領秘書室長や首相が、安倍首相や河野外相の発言を念頭に「日本当局者たちは外交摩擦を引き起こしている」などと述べているが、肝心の文大統領は何も言わない。なぜ黙っているのだろうか。

ASEANに出席中の文大統領(韓国大統領府Facebook:編集部)

この沈黙に、文大統領の苦境が透けて見える。徴用工問題の扱いに失敗すると、政権に火の粉が降りかかってくる。徴用工問題を主導している左派団体は過激で暴力的、同じ左派の文政権といえども、手に負えない存在だ。

韓国の極左労働組合「民主労総(全国民主労働組合総連盟)」は11月10日、ソウルで大規模集会を開き、「文政権への希望が絶望に変わった」などと批判した。韓国経済は停滞しており、労働者の待遇は改善されず、財閥企業のみが優遇されていると不満が爆発した。実際、文政権は経済で何の成果も上げておらず、公約にしていた最低賃金引き上げなども中途半端に終わり、労働者の支持を失いはじめている。

文大統領の支持率は50%前後で推移しており、悪くはないが良くもない。昨年の政権発足当初の80%の支持率から大きく下落していることについては、政権としても焦りがある。

そのため、文政権は「民主労総」のような労組の支持を取り戻そうと必死である。「民主労総」は8月15日の韓国光復節の集会で、徴用工像を釜山の日本総領事館前に設置するよう訴えた。彼ら日本総領事館に「戦争犯罪を謝罪しろ」と叫び、水風船を投げつけた。徴用工の賠償請求の運動は「民主労総」などの極左勢力が組織的に推進している。

「民主労総」の強硬姿勢

新日鉄敗訴判決を下した韓国大法院(KBSニュースより:編集部)

10月30日の大法院の判決は左派勢力の歓心を買った。しかし、「民主労総」などの極左勢力はこれだけでは決して満足しない。彼らの要求は苛烈である。うっかり彼らに同調し、期待を持たせることを言えば、要求はエスカレートし、その要求を満たせない時、彼らの激しい怒りを買う。

ここに、文大統領の苦境がある。徴用工判決後、状況を慎重に見極めるため、大統領自身、沈黙を守りながら、「民主労総」のような極左勢力との距離感を測っている。

しかし、11月10日の「民主労総」大会における露骨な文政権批判に見られるように、彼らは強硬姿勢を崩していない。日本から見れば、韓国の左派は文政権の下、反日などで一致団結しているように見えるが、実際には一枚岩でない。

文大統領の師の盧武鉉大統領は2005年、慰安婦について、「賠償権がある」と言明した。盧武鉉大統領は「正義の人」として、国民の喝采を浴びたが、それは一時的なものに過ぎなかった。盧武鉉大統領はその賠償を日本に対して、実現させることができず(当然、実現できるわけがないが)、左派団体から激しく批判され、支持を失っていった。

文大統領は師の失敗の轍を踏まないよう、慎重になっている。徴用工問題は慰安婦問題以上に極左勢力が関わっているため、下手なことを言って実現できなければ、大ヤケドをする。文大統領は師よりも、狡猾である。

また、盧武鉉政権が徴用工補償については後ろ向きであったこともあり、文大統領としても、今頃になって積極的に乗り出せば、過去との整合性を問われることにもなる。

陰湿な攻撃

徴用工の賠償を日本に対して、実現させることはできない。文大統領はできないことについては何も言わない。そのため、「判決を尊重する」という他人事のような態度をとるのが一番賢いとわかっている。文大統領の支持率が更に下降していくようなことになれば、起死回生を狙って、この問題に乗り出してくる可能性はあるが、今のところ、「何も言わない、何もしない」ことが最善の選択と判断している。

韓国は「被害者に対して、心が痛まないのか」という情緒論を振りかざして、国際法の枠組みとは別に、日本に「道義的な責任」なるものを押し付けて貶めるという陰湿な攻撃を展開しようとしている。

実際、日本にとって、こういう攻撃が一番、対抗しにくい。日本政府は「韓国最高裁の判断は明確な国際法違反に当たる」ということを各国の在外公館を通じて発信するよう指示した。一方、韓国は国際法云々の土俵に乗らず、「日本は人道犯罪を認めず、謝罪も賠償もしない」というイメージの流布に終始しようとしている。

「民主労総」などの極左勢力が主張するような「謝罪と賠償の要求」という「わかりやすい行動」を文大統領がとってくれた方が、日本も対抗措置を講じやすいというものだ。

宇山 卓栄
扶桑社
2018-11-02