今年の良書ベスト10

池田 信夫

毎年このリストを書くたびに思うが、経済学の学問的生産性は明らかに落ちている。特に21世紀の世界的な低成長・低インフレ・低金利などの新しい問題について、正統派の経済学は答を出せない。このため半世紀以上前の「どマクロ経済学」の亡霊が日本を徘徊し、政権にまで影響を及ぼしている。

  1. 白川方明『中央銀行』
  2. フランシス・フクヤマ『政治の衰退』
  3. ロバート・フランク『ダーウィン・エコノミー』
  4. 武田悠『日本の原子力外交』
  5. ニーアル・ファーガソン『大英帝国の歴史』
  6. 森本あんり『異端の時代』
  7. 有馬哲夫『原爆 私たちは何も知らなかった』
  8. Fred Pearce “Fallout”
  9. 細谷雄一『自主独立とは何か』
  10. マルクス・ガブリエル『なぜ世界は存在しないのか』

元日銀総裁の回顧録1も、経済学の現状について「長期的な均衡状態からの乖離として現実を描くモデルに無理がある」と批判的で、1990年代の不良債権問題に多くの紙幅を費やしている。先進国の問題はインフレやデフレという短期的変動ではなく、長期的な金融的不均衡の蓄積と崩壊という形で起こるが、その原因さえよくわかっていない。

21世紀の政治的状況も、戦後われわれが見てきたものとは違う。冷戦の終わったとき、自由なデモクラシーの勝利を宣言して「歴史の終わり」を告げたフクヤマが、2でデモクラシーが永遠に持続可能な制度かどうかに疑問を呈しているのも時代の変化だろう。

この意味で原子力の挫折は、エネルギー問題にとどまらず、デモクラシーの劣化の兆候かもしれない。4は戦後の原子力外交の苦闘を描き、8は世界的な原子力の挫折を描く。多くの人々の心に恐怖が刷り込まれた民主国家で「ゼロリスク」を求めるポピュリズムが原発を阻止する傾向は、先進国では同じだ。

戦後史については7や9がその見直しを提案しているが、こういう意見は学界の外には届かない。戦争と平和の問題は憲法論議として空転し、改正もできないまま終わりそうだ。われわれは人類史上かつてない長い平和の時代を生きているが、戦争は「創造的破壊」の役割も果たし、政治を鍛えてきた。今の長期停滞とポピュリズムは、平和のコストかもしれない。