本当は凶暴なイギリス人:『大英帝国の歴史』

池田 信夫
大英帝国の歴史 上 - 膨張への軌跡 (単行本)
ニーアル・ファーガソン
中央公論新社
★★★★★

 

韓国ではいまだに「日帝36年」の恨みが語られるが、それは東アジアだけの問題ではない。世界最大の帝国主義は大英帝国であり、本書はその歴史を肯定的に描いて批判を呼んだ。今では大英帝国の歴史も、大っぴらに誇ってはいけないのだ。

もちろん著者も大英帝国が世界各地を植民地支配して、現地人を虐殺したり奴隷として売買したりした罪は認めているが、そういう「オリエンタリズム」批判にあえて異を唱え、もし大英帝国が征服しなかったら、まだムガール帝国やオスマン帝国のような専制国家が残り、世界の人々は貧困に苦しんでいたのではないかという。

特に彼が強調するのは、大英帝国がアメリカ合衆国を生み出したことだ。南米を征服したスペイン人は資源を強奪しただけだが、北米を征服したイギリス人は資本主義や民主政治を生み出し、それが近代国家のモデルとなった。いま多くの人が当たり前と信じている近代的な価値観を創造し、世界を文明化したのは大英帝国なのだという。

最大のソフトパワーは英語

そのソフトパワーの最大の源泉は、英語だった。植民地の人々も英語で話すようになり、イギリスの文化に同化した者がエリートになる。英語は単なる言語ではなく、その文化を背負っているので、デモクラシーと市場経済の組み合わせがベストだという常識が世界に広がり、学問研究は英語でないとできなくなり、英米は最強の経済圏になった。

ブローデルのいう「長い16世紀」にイギリスが世界で暴れ回り、特に北米に植民地をつくってプランテーションや奴隷貿易で莫大な富を掠奪した歴史は、ファーガソンも認めている。資本主義を生んだのは「見えざる手」の合理性ではなく、こうした暴力だったことも最近の歴史学では常識である。

しかしファーガソンは、現在の価値観でこうした「コロニアリズム」を批判するのは誤りだという。当時の植民地主義者はアジアを搾取するために行ったのではなく、古代以来の貧困のままにとどまっていた地域にキリスト教と近代文明を広める使命感で行ったのだ。彼らの大部分は富を得ないで、現地で死んだ。

だから大英帝国の歴史を「バランスシート」でみれば、それが近代的な価値観や市場経済を世界に広めた功績は、彼らのおかした罪に比べて大きい、というファーガソンの主張はそれなりに成り立つ。白人中心の英連邦は、キリスト教という共通の価値観を共有しているので、国連やEUより効率がいい。

とはいえ世界に「自由貿易」を宣伝する一方、実際の貿易は重商主義で、インドから数百年にわたって搾取を続けて工業化を妨害し、オスマン帝国を分割して中東に大混乱をもたらし、イスラエルを建国して現在の難民問題の原因をつくった罪は、軽いとはいえない。一般的なイメージとは逆に、イギリス人は凶暴な軍団なのだ。