「祖流我放」=「“祖”国も“流”氓(ヤクザ者)だから、“我”(私)は“放”心(安心)だ」の流行に、侵略を受けた歴史の傷跡を見出すのは難しくない。中国の王朝が固持した朝貢体制は、思想の閉鎖性を示すと同時に、高価な文物を贈呈する寛容さの表現でもあるが、その恩恵を無視して、不平等な条件のもとで対等な貿易を求める外国人はヤクザ者に映る。そのヤクザに軟弱な態度をとった文弱が国家を危機に陥れた、との歴史観がすっかり根付いている。
だからこそ、ファーウェイ創業者の任正非総裁が、西洋の優位を認め、西洋人の価値観に立った文化への理解を呼びかけ、
「孔子、孟子が言った“わが身を養い、家をととのえ、国を治め、天下を平和にする”の教えは、みな内向きだった。中国は西南を山に囲まれ、北は砂漠が広がり、東は海に面し、このために閉鎖された環境が生まれた。この地理的環境が思想に大きな影響を与えた」
と自ら民族の不足、不明を振り返ることは容易でない。
米中貿易摩擦の中で、ネットではもう一つの流行語が生まれている。国営新華社通信が意図的につくったスローガン「共克時艱」だ。国家の艱難な時局に際し、民族がみな一つに団結して克服していこう、との呼びかけである。トランプ米政権の高圧的な態度に刺激され急速に拡散し、国家政策だけでなく、一般企業でも「共克時艱」と愛社精神を呼びかけているのを耳にする。
もちろん、国内の矛盾から目をそらせるために外圧を利用するのは、日本の戦時中をみれば明らかなように、あらゆる国家の常とう手段である。権力者もネット時代に対応し、メディアの操作技術に磨きをかけている。
だが、多様化する世論を従来のプロパガンダ論だけで説明するのは無理がある。多くの中国人がかつてないほどの自信を持ち、それゆえに冷静で、理性が勝る場面が増えている。だが実際は、自信を支える確証がまだ不十分で、一方で、自信に見合った評価を周囲から得られていない二重の矛盾が国民心理に影を落としている。
その矛盾があるからこそ、「共克時艱」に共鳴する心理が生まれる。
そして、中国に対する不当さを際立たせたファーウェイ事件はタイミングよく「共克時艱」の契機をさらに提供したことになる。米国のスタンドプレーは、第三者の目にもフェアーには映らない。敵に塩を送ったようなものだ。こうして、上からの「共克時艱」と、下からの「祖流我放」が絶妙なバランスをとる状況が生まれている。非情に複雑な心のメカニズムだ。
無秩序にみえる中国のネット世論だが、数々の教訓を繰り返しながら、言論空間として少しずつ成熟しているようにみえる。習近平総書記が旗を振って「国家の自信」を呼びかけているのは、まだ自信に欠けている証拠である。だが、いつの日か、本当の自信を身につけ、もはや「自信」を口にしなくなる日が来るに違いない。
中国の言論はすべて政府や党がコントロールしていると思っている日本人がいるとしたら、相当、自国の“官製”メディアに毒されていると反省した方がいい。隣国の変わりつつある姿から目をそらし、旧体制の中に閉じこもっていては、いずれ自分たちの道を誤ることになる。ファーウェイへの敵視を煽るトランプの腹の底を見透かし、中国側の対応をじっくり観察する態度が求められている。
(完)
編集部より:この記事は、汕頭大学新聞学院教授・加藤隆則氏(元読売新聞中国総局長)のブログ「独立記者の挑戦 中国でメディアを語る」2018年12月21日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は、加藤氏のブログをご覧ください。