バチカンの「積弊清算」の行方

韓国の文在寅大統領は「積弊清算」を掲げ、民族の過去の過ちを清算し、歴史の見直しを主張しているが、バチカンも同じように「積弊清算」に乗り出している。

バチカンは今月21日から24日まで4日間の日程で聖職者の未成年者への性的虐待問題を協議する「世界司教会議議長会議」を開催し、そこで教会の土台を震撼させてきた聖職者の性犯罪への対応について話し合う。「バチカンの積弊清算」は成果をもたらすだろうか。

「積弊清算」を進める韓国の文在寅大統領とフランシスコ法王(2018年10月18日、バチカンで、韓国大統領府公式サイトから)

同会議の招集を提案したフランシスコ法王は会議参加者の司教会議議長に聖職者の性犯罪の犠牲者に会い、その苦境を聞いてくるようにと宿題を与えた。今年3月で法王就任6年目を迎えるフランシスコ法王は同会議が聖職者の性犯罪問題の克服で大きな成果をもたらすことを期待している。バチカンの改革を唱え、アシジの聖フランシスコを法王名に初めて使用したフランシスコ法王の「積弊清算」の真価が問われるわけだ。

聖職者の未成年者への性的虐待は今始まった問題ではない。アイルランド教会、ドイツ教会、米教会、オーストラリア教会、ポーランド教会など欧米教会で発覚した聖職者の性犯罪件数は数万件といわれているが、その多くは既に時効となっている。しかし、21世紀に入っても聖職者の性犯罪は起きている。ただ、教会上層部が性犯罪を犯した聖職者を人事というかたちで隠蔽してきたこともあって、教会法に基づく公式の裁きを受けた件数は少ない。

興味深い点は、「世界司教会議議長会議」開催5日前の16日、カトリック教理の番人・バチカン教理省(前身・異端裁判所)は米ワシントン大司教区のテオドール・マカーリック前枢機卿(88)に対し、未成年者への性的虐待容疑が実証されたとして教会法に基づき還俗させる除名処分を決定したことだ。枢機卿だった聖職者が性的虐待の罪で還俗の処分を受けるのは今回が初めてだ。

フランシスコ法王が昨年7月、マカーリック大司教の枢機卿会辞任申し出を受け入れ、「今後は聖職者として公的な場には出ないこと」を命じた。前枢機卿は現在、米カンザス州の修道院に住んでいる。バチカンニュースによると、教理省は今年1月11日、マカーリック前枢機卿の容疑の調査を終了、今月13日、控訴も却下することを決めたばかりだ。

2001年から06年までワシントン大司教だったマカーリック前枢機卿は1970年から90年の間、神父候補者を誘惑したほか、少なくとも2人の未成年者に性的虐待を行ってきたことが明らかになり、フランシスコ法王は昨年7月の段階で同枢機卿の枢機卿会辞任申し出を受理したが、法王自身はマカーリック前枢機卿の性犯罪を隠蔽してきた疑いが浮上、教会内外で大きな波紋を呼んだ。

マカーリック前枢機卿のスキャンダルを暴露した元バチカン駐米大使カルロ・マリア・ビガーノ大司教は通称「ビガーノ書簡」の中で、「フランシスコ法王は友人のマカーリック前枢機卿の性犯罪を事前に知りながら、隠蔽してきた」と指摘、フランシスコ法王の辞任を要求した。それゆえに、バチカン教理省は21日から始まる「世界司教会議議長会議」を前にマカーリック前枢機卿問題に急いで決着つけたかたちだ。

ローマ・カトリック教会総本山、バチカンの歴史は決して栄光に満ちたものだけではなく、スキャンダルの歴史でもあった。第2次世界大戦で連合軍が1944年秋、ローマを解放した時、英国の政治家ハラルド・マクミランはバチカン内に入った時の印象を以下のように書いている。

「バチカンには時間が存在しない。何世紀も経過したが、バチカンでは4次元の世界が支配し、歴史の亡霊たちがそこに佇んでいる」

ヒトラーやムッソリーニの独裁者と同じように、蛮行を欲しいままにした法王とその犠牲となった奴隷たちの亡霊が住んでいるというのだ。ローマ法王に選出されたフランシスコ法王は、「過去の亡霊たちを追放し、教会を近代化するために就任した」と述べ、バチカンの「積弊清算」に乗り出してきた。聖職者の性犯罪はその中でも最も大きな積弊だ。聖職者の性の問題は教会の組織と密着しているだけに、教会の抜本的な改革なくして解決は難しいからだ。

聖職者の性犯罪問題が出てくる度に、聖職者の独身制廃止議論が飛び出す。それに対し、教会側は「イエスがそうであったように」という新約聖書の聖句を取り出して、「だから……」と説明する。ただし、前法王ベネディクト16世は、「聖職者の独身制は教義ではない。教会の伝統だ」と述べている。カトリック教会の近代化を協議した第2バチカン公会議(1962~65年)では既婚者の助祭を認める方向(終身助祭)で一致している。聖職者の独身制は聖書の内容、教義に基づくものではない。教会が決めた規約に過ぎないことをバチカン側も認めている。

キリスト教史を振り返ると、1651年のオスナブリュクの公会議の報告の中で、当時の多くの聖職者たちは特定の女性と内縁関係を結んでいたことが明らかになっている。カトリック教会の現行の独身制は1139年の第2ラテラン公会議に遡る。聖職者に子供が生まれれば、遺産相続問題が生じる。それを回避し、教会の財産を保護する経済的理由があったという。

文在寅大統領の「積弊清算」は民族を迫害し、弾圧した侵略者、共犯者を見つけ出し、その罪を暴露して追及することだが、「バチカンの積弊清算」はちょっと違う。教会やローマ法王自身が罪を犯し、それを久しく隠蔽してきたからだ。審判の前に立つのは第3者ではなく、教会自らが審判の前に立つ。「バチカンの積弊清算」が文大統領のそれより難しいのは当然かもしれない(文在寅大統領の「積弊清算」は、韓民族の責任、北朝鮮の蛮行を恣意的に無視している)。

「世界司教会議議長会議」に参加するオーストリアのカトリック教会最高指導者・シェーンボルン枢機卿は、「自分は会議に大きな期待を持っていない。会議を通じて、教会内で多数の聖職者による性的犯罪が行われてきた、という事実を確認できれば成果だ」と述べていたが、懺悔室で信者の罪の告白を聞くのには慣れてきた聖職者が今、自らその懺悔室に入り、過去の「積弊」を告白し、清算しなければならないわけだ。ちなみに、平信徒がミサ後、懺悔室で告白する内容はほとんど性的問題だという。聖職者の場合も例外でないわけだ。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2019年2月19日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。