2月20日の産経新聞は「トランプ米大統領は19日、ホワイトハウスで記者団に対し、今月27、28両日に予定される北朝鮮の金正恩朝鮮労働党委員長との2度目の米朝首脳会談に関し、『最終的には北朝鮮の非核化を目指すが、(北朝鮮による)核実験がない限りは急がない』と述べた」と報じた。
他方、同日のロイターは「トランプ米大統領は19日、北朝鮮の非核化を望む一方、急いでいないと述べ、早急な非核化実現を求めない考えを示した。同時に北朝鮮への制裁は当面継続するとした」として、制裁についても発言があったことに触れた。
二度目の米朝首脳会談における金正恩の最重要課題が、トランプから如何に具体的な制裁緩和あるいは解除を引き出すかにあることは明らかだ。19日の会見でトランプがどういう言い回しをしたか詳細は判らない。が、何らかの形で制裁に触れたなら、それを書かないのは報道機関として小さくないミスだ。
というのも、この北朝鮮問題の肝は「完全な非核化がなされない限り北朝鮮への制裁は解除しない」ことにある(「完全な非核化」の意味は多様だがここでは措く)。ということは、トランプの言う「非核化は急がない」は「制裁がその間ずっと続く」ことを意味し、金正恩にはこれが最もつらい。このニュースのポイントはここにもあるはずだ。
そこで話は2月14日に新聞各社が一斉に報じた件になる。朝日新聞はその見出しを「米議会超党派、日韓関係改善求める 7議員が決議案提出」とした。他紙の見出しや内容もほぼ同工異曲だ。が、決議案の全文はどの新聞にも載っていないのでネットで探して原文を読んでみた。
それには23項目のwhereas clause(前提条件文)と8項目のresolution(決議案)が書かれている。以下にresolution全部の拙訳を掲げる。英語の専門家でないので訳の拙さはご容赦願う。
- 日米安保条約第5条の下の米国の広範な抑止力並びに日本と日本の施政権の及ぶ全ての地域を防衛するための米国の義務の再確認を含む、そして米韓相互防衛条約第3条の下に韓国を防衛するためのインド太平洋地域における平和、安定そして安全保障を推進する上で不可欠な米日韓の同盟の役割
- 米国のための外交面、経済面そして安全保障上の利益並びに安全で安定的で繁栄的なインド太平洋地域の開放的で包括的な構築を支えるための日韓間の建設的かつ未来志向的な関係
- 米日韓の間での外交面、経済面、安全保障面そして人と人との絆の面での強化と拡大
- 外交上の契約、地域の発展、エネルギー安全保障、教育面文化面の交流、ミサイル防衛、スパイ情報の共有、宇宙、サイバーそしてその他外交的な防衛関連の推進を通じることを含めた米日韓三国間における外交と安全保障の協力をより深めるための戦略の発展と実施
- 北朝鮮に対する制裁を完全かつ効果的に強化するための国連安保理事会における三国のメンバーと他のメンバー国の協力並びに国連憲章41条の下で北朝鮮に対してとるべき付加的な意味のある新しい手段の見極め
- 我々の国家全ての繁栄に不可欠な女性の自由裁量の拡大を含む、インド太平洋地域におけるルールに基づいた貿易と経済秩序を奨励するための三国間の協力
- 三国間の学究面文化面での交流拡大の支持、とりわけ人と人との絆をより深めるため、米国の大学で日韓の学生が学ぶこと及びその逆を奨励する取り組み
- 人権を推進するための米日韓の協力
確かに各紙が見出しにしている「日韓関係改善求める」文言が並ぶ。それと(8)の「人権の推進」は趣旨に添うとしても、(6)に「女性の自由裁量の拡大」が取って付けたようにあったり、「人と人の絆(people-to-people ties)」が2カ所に出て来たリする辺りには超党派議員によるものらしさが滲む。
Whereas clauseでは、次の文言が「米国は忘れていないよ」と韓国に念を押しているようで興味深い。
「米韓同盟は血の絆(forged in blood)であり、朝鮮戦争で米軍は35,574人の死者と103,284人以上の負傷者を出し、韓国は217,000人以上の兵が死に、291,000人以上の兵が行方不明者となり、そして1百万人以上の市民が死ぬか行方不明になったがゆえに…」
そこでWhereas clauseだが、量が多いのでこれの他は筆者が印象付けられた記述をいくつか掲げる。
「米日そして米韓の同盟は、平壌の体制によって引き起こされている脅威への対抗を含むアジアにおける地域の安定の基礎であるがゆえに…」
「第7艦隊や米国国外を母港とする唯一の米国空母ロナルド・レーガンなどを含め、約5万人の米軍要員が日本で職務についているがゆえに…」
「米日韓は北朝鮮人民共和国(以下、北朝鮮という)がその大量破壊兵器、ミサイル増産そして不正な活動によって世界の平和と安全を脅かすことのない、そして北朝鮮が人権を尊重しその国民が自由に生きることが出来る世界に向けて共に取り組むことに責任を持つがゆえに…」
「2016年の北朝鮮制裁および政策強化法211条(22 U.S.C 9231; Public Law 114-122)は、大統領が“北朝鮮に対する議論と調整のための米韓日3者間の政府高官の仕組みの強化を追求する”ことの議会の見解を述べているがゆえに…」
「2018年のアジア再保証イニシャチブ法(Public Law 115-409)は、3者間の防衛協力の重要性および北朝鮮に対する多国籍間の制裁を強調し、このような取り組みの立場に関して議会との定期的な協議を要求しているがゆえに…」
上記以外のWhereas clauseは概ねresolutionを導くための米日韓協調の大切さを謳うものだ。が、上記5項目はむしろ北朝鮮への対処の重要性強調に主眼があるように見える。何を言いたいかと言えば、この決議案のもう一つの目的が「米朝首脳会談に臨むトランプに釘を刺すこと」にあるということだ。
であるなら、冒頭に挙げた報道で「制裁は当面継続する」との下りを書き落しトランプの真意の全貌を伝え損ねたのと同様、この決議案の報道で首脳会談に向かうトランプへの牽制の意味合いに全く触れないのは、この問題での米国議会の姿勢を日本の読者が深く理解する上で障害になるように思う。
そこで筆者は前掲したresolutionの次の2項目にあらためて注目する。
(1)日米安保条約第5条の下の米国の広範な抑止力並びに日本と日本の施政権の及ぶ全ての地域を防衛するための米国の義務の再確認を含む
(5)北朝鮮に対する制裁を完全かつ効果的に強化するための国連安保理事会における三国のメンバーと他のメンバー国の協力並びに国連憲章41条の下で北朝鮮に対してとるべき付加的な意味のある新しい手段の見極め
なぜかといえば、2月13日に筆者が「米朝首脳会談で日本が置き去りにならない理由」という投稿をしたからだ。もちろんこの決議案のことなどつゆ知らずに書いたのだが、在日米軍や北朝鮮制裁の国連決議など、筆者の論の根拠となるようなことをこの2項目は含んでいる。特に①は尖閣を意識しているように思われて心強い。
決議案はいくつも議会に提案されるらしいので、この決議案もこの先どう取り扱われるかはまだ判らない。が、こうした提案をする議員が米国議会に存在することは頼もしい限りだ。少々牽強付会気味を承知であらためて言う。日本は置き去りにならない。
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高橋 克己 在野の近現代史研究家
メーカー在職中は海外展開やM&Aなどを担当。台湾勤務中に日本統治時代の遺骨を納めた慰霊塔や日本人学校の移転問題に関わったのを機にライフワークとして東アジア近現代史を研究している。